「名前は決めたの?」
千夏が、赤ちゃんを見ながら言った。
「うん。『七星(ななほ)』。漢字で七つの星と書くの」
「ななほ?」
千夏が首をかしげた。
「剛志さんが、テントウムシの一品種『七星天道(ななほしてんとう)』の漢字表記から命名したの。なんでも、男の子が生まれてもこの名前にするつもりだったらしいよ」
芦田さんらしいといえばそれまでだけど、その名前を幸がよく受け入れたと感心する。ちょっと変わった名前だが、命名に関してはぼくたち兄姉が口を出す話しではないので、黙っておく。
「そういえば、芦田さんを見ないけど、どうしたんだ」
ぼくがまわりを見渡した。
「今日は仕事。急用で本社に呼ばれたみたい」
「たいへんだな」
「忙しい人だけど、水曜日の出産のときは、仕事を休んで立ち会ってくれたの。そのへんは融通がきくみたい」
「芦田さん、立ち会ったのか」
「うん。ひとりでは怖いから、剛志さんに前々からお願いしておいたの。生まれるまでずっとあたしの手を握ってくれていた。そして七星が生まれた瞬間、彼、分べん室の中で号泣だったよ。剛志さんにとっては三十五歳で初めてできた子供だし、本当にうれしかったんだろうね」
ぼくは三十四歳だが、そのような経験をしたことはない。自分の子供が生まれるというのは特別なことなのだろう。一度でいいから、その感動を味わってみたいものだ。
「それじゃ幸、ゆっくり休めよ」
出産祝いを幸に渡すと、ぼくたちはそそくさと病室を出た。
早く退出したのは、千夏にとって、赤ちゃんとこれ以上一緒にいるのはつらいと思ったからだ。ぼくたちが長居すると幸の体に負担をかけるからという理由もあるが、どちらかというとぼくは、幸よりも、千夏に対して気を遣ったのだ。
「その公園で、少し休憩しない?」
病院を出たところで、千夏が正面を指で差した。病院の目の前に、錦糸公園という名前の大きな公園がある。近くのコンビニエンスストアでペットボトルの冷たいお茶を買い、公園のベンチに座った。
昨日までの寒さは去り、今日は春らしい暖かい風が吹いている。空は雲ひとつない快晴。左手方向には、東京スカイツリーが、手前のビルの屋上から突き出すように雄大にそびえていた。
ぼくたちの目の前にある芝生の広場に、小学生くらいの子供が数人現れて、ボール遊びを始めた。元気な声が聞こえてくる。子供のことを意識してしまいがちなぼくたちにとって、ここは良くない環境だ。場所を変えようと立ち上がろうとしたとき、
「あなたにだいじな話があるの」
と、千夏が唐突に話しかけてきた。
「なんだよ、急に」