「虫オタクでちょっと変わっているけど、一途なところに惚れちゃったのかな。この人ならあたしのことをずっと大切にしてくれると思ったの」
今度は幸が照れて顔を赤くしたが、その表情は幸せそのものだ。
とにかくユーモアのある人で良かった。年齢が離れているので心配な部分もあったが、このふたり、素晴らしいカップルになりそうだ。
結婚準備は、とんとん拍子に進んだ。結婚式の代わりとして、婚姻届提出の前日に東京都内の高級料亭で両家の顔合わせ食事会を行った。ごく身近な人だけが集まった、ささやかな会だった。このとき、幸のおなかは妊娠八カ月になっていた。
両親のいない幸の親代わりは、当然ながらぼくと千夏が務める。芦田さんの両親は、おふたりとも七十歳と、思ったよりも高齢だった。芦田さんが一人息子のため、彼の結婚と孫の誕生を思いのほか、心待ちにしていた。実に親しみやすいご夫婦で、このような方々と親戚になれることをぼくもうれしく思う。
食事会が終わると、幸は、その夜から芦田さんの実家で暮らし始めた。
幸が出産したとの連絡を芦田さんから受けたのは、三月初旬の水曜日の午後のことだった。母子ともに健康と聞き、安心する。次の土曜日の朝、早速、ぼくと千夏は、出産祝いを届けるために、幸が入院している東京都内の総合病院に向かった。
総武線の錦糸町駅から歩いて五分の場所にある鉄筋造り十階の建物。六階の産婦人科病棟に行き、ナースステーションで教えてもらった病室へ。芦田幸と書かれた表札のある個室に入ると、リクライニングベッドの端に、幸が赤ちゃんを抱きながら座っていた。
「幸、出産おめでとう」
開口一番、祝意を述べた。
「ありがとう」
幸はすぐ笑顔で返してくれたが、ちょっと元気がない。初めての出産で難産だったと聞いているので、その疲れが残っているのだろう。加えて、出産の翌日からは赤ちゃんのおむつ替えや授乳指導も始まっているらしい。初めてのことばかりで大変だと思う。
白い毛布にくるまれた赤ちゃんは、幸の腕の中で静かに眠っていた。テントウムシの刺しゅうが付いた肌着を身に着けている。大きな鼻が特徴的で、はっきりとした顔立ちの子だ。なんとなく、芦田さんに似ている気がした。
「かわいいわね」
千夏が赤ちゃんを笑顔でのぞきこむ。自分に子供がいないことに劣等感を持つ千夏にとって、義妹とはいえ、幸の赤ちゃんを見るのは心苦しいだろう。かわいいという言葉は、本当の気持ちではないかもしれない。今、赤ちゃんに向けているそのにこやかな顔は、きっと演技に違いない――千夏の表情を見ていると、そう感じてしまう。
「この子の性別はどっちだ」
ぼくが幸に尋ねた。芦田さんから出産の報告を受けた時、当日の楽しみにしようと、あえて性別を聞かなかったのだ。
「女の子だよ。顔を見てわからない?」
「わからないよ」
生まれたばかりの赤ちゃんの性別は、顔だけで判別するのは難しい。