「幸ちゃん。そういえば、ふたりのなれそめをまだ、聞いてなかったわね」
千夏が興味津々に尋ねる。なれそめか……僕も知りたい。
「虫慰霊祭が、きっかけだよね?」
幸が隣の芦田さんを見た。彼は笑っている。
「ムシ……なに?」
千夏が首をかしげる。ぼくもまったく聞いたことがなかった。
幸の話によると、虫慰霊祭とは、殺虫剤を製造するメーカーや関係学会などで構成された日本家庭用殺虫剤工業会という組織が毎年一月に開催するイベントで、人々が快適な生活を過ごすために犠牲となった虫の霊魂を供養する目的で行っているそうだ。幸が所属する研究室の指導教授がその関係学会に所属しており、今年行われた虫慰霊祭に、その教授とともに幸たち所属学生が企業との交流のため参加したらしい。
「虫慰霊祭のあとに行われた新年会で、製薬会社から参加した芦田さんとたまたま席が隣になったの。虫のお話をいろいろと伺っているうちに意気投合しちゃって」
そんなイベントで出会うとは……。なにがあるかわからないものだ。幸が続ける。
「いちばん面白かったのは、仕事では実験のため毎日のように害虫を犠牲にする芦田さんが、実は虫が大好きで、自宅でテントウムシをたくさん飼っているという話だったかな」
「テントウムシがお好きなんですか?」
千夏が、芦田さんを不思議そうに見た。
「はい、大好きです! 子供の頃から飼っていて、今は自宅に十種類のテントウムシがいます」
声が大きい。まるで元気な小学生が授業中、手を挙げて大声で発表をするかのようだった。
ふと、ぼくは、芦田さんのネクタイをチラッと見た。テントウムシ刺しゅうが入ったネクタイを締めているのは、そういう理由があったからなのか。
「幸さんは大学で昆虫、特に益虫の研究をしていると聞きました。テントウムシにも興味があるようでした。実はテントウムシは益虫なんです。例えば、彼らは園芸やガーデニングを楽しむ人にとって厄介な存在のアブラムシを退治してくれます」
テントウムシの話をするときの芦田さんの目は、光沢を放つテントウムシの羽のように輝いていた。大好きなのが彼の表情からよく伝わってくる。
「次に幸さんと会ったとき、私は正式に交際を申し込みました」
芦田さんが照れ笑いする。
「でね、その時、剛志さんがあたしに言った口説き文句がすごく個性的だったの」
幸がそう言って芦田さんの方を振り向いた。「――剛志さん、あのときの言葉、もう一度話して」
急に振られて芦田さんは「え、僕が?」と慌てたが、仕方がないなという素振りをみせた。
「『僕が、テントウムシ以外の生き物を好きになったのは、あなたが初めてです』と幸さんに言いました」
芦田さんが顔を紅潮させた。
「剛志さんって、面白い人でしょ?」
幸の言うとおりだ。たしかに人間も生き物に違いないが、あまり使わない表現だけに面白い。ぼくは笑いそうになり思わず手で口を押えた。千夏は笑いをこらえていたが、我慢ができなくなったのか、クスクスと笑い出した。