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『テントウムシの物語』さとうつとむ


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「幸ちゃんの彼氏が結婚を考えているみたいだから、両家で話し合う必要があるわね。けど、その前に親代わりの私たちがまず、芦田さんと会うことかな」
子供ができてしまった以上、もう後に引けない。当事者を交えて、まずは話し合うということか。
「幸。おまえの彼氏と会いたい。できるだけ早いほうがいい。可能な日を彼氏に確認してくれ」
 幸は頷くと、慌ててスマホを手に取った。ぼくは、メールを入力する彼女の手元を無言で見つめていた。文字を打つ指先が少し震えている。
「おなかの子供は順調なのか?」
 打ち終わるのを確認すると、ぼくは、テーブルから身を乗り出して幸に話しかけた。
「順調だよ」
 幸が、また、自分のおなかをゆっくりと触った。
「今はおまえにとって大切な時期だ。無理はしないで自分の体をだいじにしろよ。おまえだけの体じゃないんだからな。それと、悩み事があったら必ず俺か千夏に相談すること。いいな?」
「ありがとう、兄ちゃん」
「今日はもういい。ゆっくり休め」
 わかったわ、と言って、幸は二階にある自分の部屋に戻った。
 今夜の出来事は、本当に突然だった。穏やかな海を船で航行していて、何の前触れもなくいきなり台風に巻きこまれたかのようだった。とても疲れた。ぼくは、ソファーの上で背伸びをして、大きく息を吐く。
「豊さん、お茶でも飲む?」
 妻の千夏が、台所からお茶のセットを持ってきてくれた。
「うん」
 千夏が熱いお茶を急須から湯のみに手際よく注ぐと、湯気と一緒に心地よい香りが辺りに広がった。一口飲むと、一気に疲れがとれる気がする。やっぱり、千夏がいれるお茶は最高だ。
 中学生時代の同級生だった千夏と結婚して今年で七年目を迎える。ぼくと妹しかいない梨本家に、文句も言わず嫁いできてくれた。幸に比べると決して美人とはいえないが、彼女はいつも笑顔をたやさない、本当に素晴らしい女性だ。専業主婦として家を守るだけでなく、幸が高校生の頃から、母親代わりに彼女の世話をしてくれている。そういう意味で、ぼくは妻に感謝している。
「でも世の中って、理不尽よね」
千夏はぼくの横に座ると、悩ましい表情で言った。「夫婦の私たちに子供ができないのに、結婚もしていない大学生の幸ちゃんに子供ができちゃうなんて……」
「……」
 ぼくも同じことを考えていた。でも千夏の手前、口に出せなかったのだ。
 ぼくたち夫婦には子供がいない。欲しくても授からないのだ。どうしても子供をと願う千夏のために、結婚三年目を迎えたある日から不妊治療を始めた。不妊専門の医院へ行き、医師の指導のもと、タイミング法、排卵誘発法、人工授精そして体外受精を繰り返した。そのための費用も半端ではなかった。結局、三年間、治療を続けたものの子供はできなかった。ぼくたちはもう三十四歳。これからという気持ちがある一方で、焦りもある。でも今は治療をやめて、自然の流れに任せている。そんなぼくたちをよそに今日、妹が妊娠したとの突然の告白。十二歳も年下の妹なのに、ぼくより先に子供が生まれる――そう思うと悔しさがこみあげてくる。

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