その意味がすぐに理解できずに、思わず幸に聞き返した。
「おなかに、あたしが付き合っている人の子供がいるの」
ぼくは、最初、悪い冗談かと思った。彼氏の話など、幸から一度も聞いたことがなかったからだ。こちらも冗談で返そうかと思ったが、幸の表情から、これは本気だということを悟ったので、やめた。
「相手は誰なんだ」
腕を組んで幸をにらむ。
幸は、持っていたクリアファイルから一枚の写真を出して、テーブルの上に置いた。居酒屋での飲み会の模様を写した写真のようだ。楽しそうに笑う幸の隣に、黒っぽいスーツを着た三十歳くらいの男性が写っている。
「この人」
幸は、写真の男性のことを指でさした。「芦田さん、ていうの。つきあって九カ月になるよ」
ぼくは、写真の男性の顔を食い入るように見た。大学の卒業研究で毎日忙しいと言っておきながら、男と交際していたとは。
「学生には見えないけど、社会人なのか?」
相手のことが気になる。娘を持つ父親の気持ちがわかる気がした。
「大手製薬会社の社員で、殺虫剤の研究をしている研究者」
「年齢はいくつなんだ。おまえよりもだいぶ年上に見えるけど……」
「三十五歳。兄ちゃんよりひとつ年上かな」
ぼくより上なのか。ということは、彼氏は幸よりも十三歳年上になる。
「幸ちゃん。あなたが妊娠していることを、その、芦田さんという方はご存じなの?」
千夏は、幸の横に席を移動して、心配そうに彼女を見つめた。
「知ってるよ。出産予定日も話した。そしたら彼、喜んでくれて、子供が生まれるまでに結婚しようねって言ってくれたの」
「おなかの子は、今、何カ月なの?」
「――五カ月。出産予定日は三月十五日よ」
「五カ月って、そんなに大きいの?」
千夏が驚いて、幸のおなかのあたりを見た。すこしふっくらしているように見える。三人で一緒に暮らしているのに、ぼくも千夏も幸の妊娠にまったく気がつかなかった。
「そんなになるまで、なんで俺たちに黙っていたんだ」
ぼくは少し語気を荒げた。
「ごめんなさい」
幸は元気なくうつむいた。「兄ちゃんは真面目だから、妊娠したことを話したら絶対に怒ると思って――真実が言えなかったんだ。でもおなかはどんどん大きくなるので、これ以上黙っているのは限界だと思ったの。それで今日……」
妹からの妊娠という告白に、ぼくはうろたえていた。頭が真っ白になり、何も考えることができない。そんなぼくと違い、千夏は平静を保っていた。
「千夏。こういうとき、俺たちはなにをすればいいんだ」
ぼくは彼女に助けを求めた。