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『この日、僕は『家族』をした。』雨宿ひろゆき


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 僕がいないところで妻と娘は談笑をしているのかもしれないが、少なくとも僕はそんな光景をここ一年くらい見かけていない。それどころか妻と娘は何かあるたびに衝突していたから、仲が悪いんじゃないかとすら疑っていた。そんな娘から逃げるように、妻は家の外にいることが頻繁になったし、今更働かなくても問題ないくらいの貯蓄があるのにパートを始めてみたり、近所のマダムたちと一緒に遠方へ旅をしたりすることが多くなった。一方で娘も娘で夜遊びを覚えてしまったのか、帰宅時間が夜半になることがしばしば。それで妻が毎夜毎夜のごとく口角に泡を飛ばして激昂しているのだが、余計に二人の距離を広げる原因になってしまっていた。
 だから、今もこうして珍しく早帰りをしても、妻も娘も家には居ない。居るのは僕と、自室の安楽椅子に座りっぱなしで黙々と読書に耽っている僕の父だけ。
 父は、半年前に医者から認知症だと診断されていた。僕らからしたら、『八十を超えても病気一つしてこなかった父がついに』といった具合ではあったが、当の本人は『老いれば誰しも通る道だから』なんて、持ち前の明るさと達者な口で乗り切ろうとしていたようだ。
 しかし、最近は明らかに口数が減っている。
 認知症が進んでしまったのかもしれない。
 違った。まったくの勘違いだ。そのことを僕は昨日になって、ようやく悟った。もっと早く気が付いてあげれば良かった。
 父が貸してくれた本を返しに、部屋を訪れたときだった。彩香が僕に投げつけたようなあの暴言を、あろうことか父に漏らしかけたのである。
 父の口が臭い。それを誰かに指摘されたのか、会話中に不自然な咳でもされたのか。
 それを本人に聞くのか? 聞ける訳がない。それは気遣いではなくて、ただの追い打ちだ。
 どうして会話が減ったのか。何故口が臭いのか。後者については本人ですら分かっていないのかもしれない。妻や娘は、父の口数が減ったことすら把握していないのかもしれない。
 僕たちは、本当に家族なのだろうか。ばらばらじゃないか。関係が冷え込むにも程がある。
 こんなのは、ルームシェアをしている他人と同じだろう。
 どうにかしないと……。
 僕は彩香と雅子を呼び出して、リビングでゆっくり話し合うことにした。話せばきっと分かってくれる。情報の共有は集団生活の基本だろう。なんとかして僕が抱えている危機感を察して欲しい。そんな希望はあっけなく打ち砕かれた。
 結果は問題外。彩香が深夜まで帰ってこなかった。そのことで雅子がまた怒る。家庭内戦争が勃発し、やがて自室に籠城する彩香。部屋には冷蔵庫もテレビもあるから、引き籠もるには打って付けに違いない。席にすらついてくれないのだから、どうしようもなかった。

 
 翌日の仕事終わり。日が落ちるのが早い冬の夕暮れと、雲の多い寒空。家に帰りたくない。

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