調理服に着替えた私は、バックヤードの調理室で、手際良くコロッケを揚げる。今年で、6年目になる、このパートは、朝9時から、2時まで立ちっぱなしで、少々体力的にキツイけど、元々調理は好きだし、新商品の開発には意見を取り入れてくれ、時には内緒で半端な食材やその日のお惣菜を少し分けてくれるので、結構気に入っている。
私は、揚がったコロッケを、店内の総菜コーナーの【本日のお勧め!】と書かれたホップの前に並べる。総菜コーナーは、お昼のお弁当を選んでいるサラリーマンや、主婦たちで賑わっている。
私は「北海道男爵コロッケ、揚げたてです!」と言いながら、また、バックヤードへと戻ると、同じ、調理場で働く10歳年上の真澄さんが近づいて来て、
「昨日の節ちゃんのブログ、参考になるわ~。拭き掃除で運を呼ぶってね~。早速、今日、帰ったらやってみるわね」とまん丸の顔にクリンとした目を更に大きくして言う。
私は、毎日の生活をインターネットで『節子さんのご機嫌生活』というタイトルでブログを投稿している。フォロワーも300人を超えてきた。
真澄さんが言う拭き掃除で運を呼ぶとは、フォロワーさんからの情報で、部屋の床や壁など器具を使わずに、雑巾で拭き掃除をすると、幸運が訪れると言うのだ。私も、この情報から、拭き掃除を試み、この効果かはわからないけど、昨日は、富雄さんのお母さんから、30キロのお米が届いた。これは、節約主婦としては、かなり嬉しい。過去には、普段滅多に食べられない、高級牛肉や毛ガニ、旬の果物などがインターネットの懸賞で当ったりした。
食べ物ばかりではなく、同じマンションに住む住人が海外に転勤になるからと、新品の冷蔵庫と電子レンジを頂いた事もあった。
恐るべし、拭き掃除効果と私は、思っている。
それから、一週間後、私は、航の学校に進路の面談に行った。
面談を終えて、下駄箱で靴を履き替えていた私に、
「あの。航君のお母さんですよね」と後ろから言われて、振り向くと、
一人の女子学生が立っていた。
テレビが主催する国民的美少女コンテストに今目の前にいる、女子学生が出場したら、間違いなく優勝するであろうと思うほどの美しさに、
私は、思わず見惚れて「きれい…」と呟いた。
それくらい女子学生からは、外見の美しさもさることながら、人を魅了する強烈なオーラがある。
「航君のお母さんですよね」と女子学生は、もう一度、遠慮気味に言う。
「はい。そうですけど」
女子学生は、笑顔になり「はじめまして。鴻巣美玲と申します」と言い、コクリとお辞儀をする。
私は、この美しすぎる女子学生を前にして、心臓の鼓動が更に激しくなり、
「わ、航の母です」と自分でも驚くほど素っ頓狂な声で答えて軽く会釈をした。
少し、お話しをと言う美玲さんの申し出で、私と、美玲さんは駅まで一緒に帰ることにした。並んで歩いて行くと、通リすぎる人が、私の顔と美玲さんの顔を見比べて、あれっとした表情になる。きっと、親子にしては、似てないと思われているようだ。
美玲さんのような美少女と並んで歩いている自分に、少し優越感を感じながら、美しい横顔をそっと盗み見する。
「航くんには、いつも、親切にしてもらっているんです」