9月期優秀作品
『息子の彼女』スマイル・エンジェル
私は、パジャマ姿のまま洗面台に立ち、鏡の電気のスイッチを押すと、明るさで一瞬クラッとするが、鏡に映った自分の顔に少し微笑んで「おはよう~」と声をかける。そして、歯磨きをし、顔を洗い、タオルで顔を拭いた時に、その異変に気が付いた。
「あれ?」と洗面台に置かれた【モンダミン】を手に取り、「なんか随分と減ってない?」と呟く。
私が、手に取った【モンダミン】は買ってきて、まだ、3日しか経っていないのにもう、半分は減っている。
だって、これを毎日使うのは、私と、中学3年生の娘と、たまにダンナだけよね。なんでだろう…と思いつつも、そのまま【モンダミン】を元に戻した。
私は、スエットにTシャツの部屋着に着替えてエプロンを付けながら、リビングの壁に駆けられた時計の針が5時を指すのをチラッと確認して、勢いよくカーテンを開ける。
キッチンの戸棚に置かれた、炊飯器から、『ごはんが焚けました。ご飯をほぐしてください』と機械的な女性の声が響く。
窓を開けて、ベランダに出ると東の空が、少しずつ明るくなっている。
私は、鼻から思い切り空気を吸い込む。五月晴れというが、今日も、洗濯日より、ご機嫌そうな空模様に心が弾む。
横長に3畳ほどはあるベランダには、プランターごとに植えられている家庭菜園の万能ネギ、ベビーリーフ、ミニトマト、オクラ、ラディッシュ、シソ、バジルが生き生きと実っている。最近はじめたゴーヤーも、ツルを伸ばしてきている。
私が住むこのマンションは、長男が3歳、長女が1歳で引っ越して、その時、すでに築20年は経っていた。中古でもしっかりとした作りと、5階の最上階にして角部屋でしかも、南向き、そして、私が一番気に入ったのは、このベランダだ。
小さい頃、団地住まいだった私は、広いベランダのある部屋にずっと憧れていた。
また、東京の下町ではあるが、都心に出るには便利な駅から歩いて10分程度の立地条件で、その当時住んでいたアパートの家賃に2万円の上乗せした月々の返済でしかも、25年のローンで買えた超お買得の目玉物件だった。
そう、私は、節子との名前の通リ、節約をしながらも身の丈にあった快適な生活を送りたいと願う、45歳のパート主婦。
家族が、毎日、健康で安くておいしくごはんが食べられるようにとの思いからこの家庭菜園をはじめた。
そして、いつも家族が、快適で、ご機嫌で暮らせるようにと日々、心がけている。自分で言うのはも、はばかるけど自称、良妻賢母です。
これも、10年前にガンで亡くなった母の格言である「いつもご機嫌さんでいること。その為に大切な事は、①笑顔を絶やさず②素直に生き③感謝を忘れずに」と言われてきたを忠実に実行している。
母は、妹と私を女手一つで、何不自由なく育ててくれた、愛情深い、世界一尊敬する、私の、理想の女性像となっている。
朝ご飯とお弁当の献立を思い浮かべながら、万能ネギとミニトマト、ラディッシュ、ベビーリーフをボウルに入れていく。
キッチンは、私の、この部屋で唯一、納得のいかない場所だ。冷蔵庫と細めの食器棚を置くと大人が二人入ると一杯になるスペースで、部屋の真ん中にあるからか、換気用の窓も無く、私は、ここを【暗室】と呼んでいる。学生の時にアルバイトをしていた新聞社に写真を現像する小さな小部屋の【暗室】を想起するからだ。
水回りの設計上、ここにキッチンを作らざるをえなかったにしても、この設計者の身勝手さに怒りを覚える。しかし、そこは私一人が我慢すれば済むと思い、このマンションを購入した。だけど、実際は、主婦として、毎日、何度もここに立ち、愛する家族においしい食事を提供しなければならない。ご機嫌さんでお料理を作る為にも、インテリア雑誌やおしゃれと評判な雑貨店を参考にして、ヨーロッパのアパルトマンのキッチンをイメージした使いやすく快適なキッチンに仕立てている。
私は、ダンナと高校2年の長男のお弁当のおかずを作り更に、朝食用の味噌汁を作り、冷蔵庫の野菜コーナーから、大きめの保存容器に入ったぬか床に漬ったキュウリとダイコンを取り出す。