すると、ダンナさんの富雄が、ワイシャツに背広のズボンを履き、新聞を持ってキッチンに顔を覗かせて、「おはよう。今晩、取引先の接待があるから、晩御飯いらないから」と。
富雄は、私より、3つ年上の印刷会社の営業をするサラリーマン。
暗室のあった新聞社でアルバイトをしていた20歳の時に知り合ってからのお付き合いだ。お互い様だけど、知り合った頃のマッチョで精悍なラガーマン風の体から一転して、今は、メタボ系のお腹に毎月染めないといられなくなった寂しくなった髪の毛の富雄。
私は「あんまり、飲みすぎないでね――」と、刻んだ万能ねぎをと納豆をまぜながら、キッチンから出て。
「ねぇ。洗面所にある、【モンダミン】使った?」と聞いてみる。
ダイニングテーブルには、焼き魚を主食とした和食がすでに並んでいる。
イスに座って新聞を読んでいた富雄は、
「いや~最近、使ってないな。なんで?」と私を見る。
納豆をかき混ぜながら「そうだよね~。なんか減りが早いなと思ってさ」
「優香が、こぼしたんじゃないのか」とまた新聞に目を通す富雄さん。
「かもね」と私が言うと、メガメをかけた制服姿の長男の航が入って来て、
「おはよう。お母さん、僕、あと15分で出るから」
私は、思わず時計を見て「あと15分っていつもより、30分も早いじゃない。
じゃあ、急いでご飯食べて」と、慌ててキッチンに戻る。
航は、電車で30分の所にある公立高校に通っている。身長175センチで体重は55キロと私達、夫婦の遺伝子とは似つかず、痩せ気味だ。
妹の中学3年生になる優香にいつも『航!』と呼び捨てにされても、また、『航って、モヤシみたいで、イケテナイ男子だよね』と面と向かって悪口を言われても、決して怒らない、優しい子だ。
よく周りから、航が弟で、優香が姉と、間違えられるほど、見た目にもおっとりした気弱な印象だ。
航が、キッチンに顔を出して「あと放課後、学校に残るから、マフィン2個持って行く」
「えっ?なんで?」とよそった味噌汁を航に渡す。
航は、私の顔を見ず「ちょっと、残って勉強するから」と、味噌汁を受け取る。
「ふ~ん。そうなんだ。勉強するんだ」と、じっと航を見つめる。
航は、私の視線を気にしつつ、そそくさと、ダイニングテーブルに座り、ご飯を食べ始める。
航が、私の顔を見ない時は、秘密ごとがあったり、ウソをついている時だ。
言われた通リに、冷凍庫の中にある、手のひら大の大きなブルーベリのマフィンを2個取り出しながら「ブルーベリー2個でいいの?」と大きな声で、航に聞いてみると、
「1個は、チョコにして」と航の声が返ってくる。
私は?と思うが、言われた通リ、冷凍してあるブルーベリーとチョコのマフィンとお弁当を航に渡す。
そして、玄関で、航を見送ると、やっとパジャマ姿の優香が自分の部屋から出て来て「航。今日は、早いじゃん」と閉まった玄関のドアに向かって言う。
「そうなのよね。なんかね~」と私は、釈然としない気持ちのまま、
「優香も早く支度してね」とリビングへと戻る。