こうやって言葉が出ない間も、ひいばあちゃんは待っていてくれる。お母さんなら、一瞬手を止めてくれても、すぐにお仕事を始めてしまうのに。
「あのね、わたし、作文書いたの。ひいばあちゃんの」
「あら、やだよ、この子は。ひいばあちゃんの作文を書いたって」
ひいばあちゃんは恥ずかしそうに笑う。
「ああ、書いてましたよ」
お仕事をしながら、お母さんが言う。
「千果、おばあちゃんに読んであげたら?」
「うん、いいよ」
千果はランドセルから作文を取り出し、読み上げた。学校で読むより恥ずかしくないから、大きな声が出る。
一生懸命に読む千果を、ひいばあちゃんはときおりうなずきながら、優しく聞いてくれる。
そして作文を読み終わると、やっぱり、
「すごいねえ、この子は。もうちゃんと文章が書けるんだね」
そう褒めてくれる。
けれど、今日ばかりはそのあとで、少し困ったように首をかしげた。
「けど私、そんなに忘れっぽいかねえ」
こっちに背を向けたお母さんが、少し笑う。
「年を取ったら、忘れちゃうことも忘れちゃうよ」
「そうだ」
ぼやくように言うひいばあちゃんを尻目に、千果は手を叩いて飛び跳ねた。
「ひいばあちゃん、今日のおやつは?」
「ええ?」
さっきまで忘れることを憂いていたはずのひいばあちゃんは、途端に眉をしかめてこう言った。
「おやつなんて、買い物に行かなきゃないよ! 私は今日、買い物にも行ってないんだから」
翌日は、しとしと雨が降っていた。
お父さんが運転する車は、ひいばあちゃんと千果を乗せて、小学校とスーパーに向かう。
「あそこにあるのは、池かねえ」
消防用水の傍を通りかかると、いつものように、ひいばあちゃんがつぶやいた。
「ううん、違うよ。あれは消防用水」
「そう。池ならお魚がいるのにねえ」
水のきらきらを目に映して、ひいばあちゃんが言う。
この子はよく知っているねえ、千果はいつもの褒め言葉を待ったが、今日のひいばあちゃんは何だか様子がおかしいようだった。
「どうしたの?」
千果が聞くと、ひいばあちゃんは本当にいつもとは違う、悲しそうな様子で言った。
「私も、早く死にたいなあ、と思ってねえ。恵子みたいに」