恵子、というのは、ひいばあちゃんの子供で、お父さんのお母さんで、千果のおばあちゃんのことだ。
お父さんのお母さんは、千果の産まれるずーっとずーっと前に死んでしまったのだと聞いていた。
「順番が違うよねえ。あのとき、私が死ねばよかったのにねえ。そうしたら、あんたたちに世話を掛けなくても済んだのにねえ」
「……まあ、子供の前でそんなこと言いなさんな」
運転中のお父さんがたしなめる。
「それに、世話をかけるだなんて気にしなくていいよ。だって、ばあさんが僕を育ててくれたわけだから。親代わりだ、そうだろ?」
お父さんが少しおどけたように言うと、ひいばあちゃんもほんの少しだけ笑った。
「そりゃあ、母親が死んだら仕方がないからね。育てたよ」
「そうだろ? それを言ったら、ばあさんが年取ったときに、僕が面倒見るのも仕方ないんだから。だから、死ねばよかっただなんて言わないでくれよ」
「うん、まあ、そうだけどねえ」
「……ひいばあちゃん、死ぬの?」
千果は何だか体がすっと冷えるような気持ちがした。
人がどうして死んでしまうのか、千果にはまだよくわからない。テレビには、千果と同じ年の子が死んだというニュースが流れることもあるし、その逆に百歳以上長生きをしている人がいるというニュースもある。
人は何歳で死ぬの、と聞いたとき、お母さんはわからないよ、と言ったあと、付け足すように言った。
『病気や事故で子供が死ぬこともあるし、運良く元気で生きていられれば、百歳まで生きることもあるしね。千果のおばあちゃんは三十歳で亡くなったでしょ。そういうこともあるの。まあ、でも大体年を取ったら自然と死んじゃうものだけどね』
ひいばあちゃんは八十七歳だ。それなら、そろそろ年を取って自然と死んでしまうんだろうか。
「いつ、死んじゃうの?」
小さな手をぎゅっと握って、千果が聞く。すると、お父さんは安心させるような声で、優しく言った。
「そりゃ、年だからいつかは死ぬけど、今すぐじゃないよ。だから安心しな」
「でも、お父さんやお母さんに迷惑を掛けないうちにしないとねえ」
またひいばあちゃんが言う。
けれど、そう言いながらも、ひいばあちゃんは寂しげだった。今日の空と同じ、暗い顔をしていた。千果が顔も見たことのない、恵子おばあちゃんのいるお空に行きたがっているみたいだった。
「でも……」
千果は下を向いた。
「ひいばあちゃん死んじゃったら、わたし、悲しい」
「優しい子だね、この子は」
今日初めて、ひいばあちゃんは千果を褒めた。
「優しい子だ」