時間がない、金がない、俺がそう言っている間も、ばあちゃんはたったひとりでじいちゃんの面倒を見てきた。
俺はもっともっと、顔を見せに行ってやれたはずだった。
もっともっと、一緒に過ごす時間を持てた。
たとえそれが無理でも、あの淡々と過ぎゆく生活の中に舞い込む1本の電話、1通の手紙がどれほど孤独を和らげただろう。
粛々と家事をこなし、我儘を言うじいちゃんの面倒を見て、たまに好きな歌を歌う。
子どもが好きなのに、あの島には子どもなんてもうほとんどいない。
だから――あの朝メシがすべてだった。
どれほど待ち詫びていたのか。ばあちゃんが、俺を。
俺じゃなくても、会いに来てくれる人をだ。
「……ばあちゃんが来たいって言えば、私はいつでも受け入れる。でも、それは死に場所を選ぶってことでしょう。ばあちゃんの好きなようにさせてあげたいのよ」
「――でも、じいちゃん腰悪くしてるし、もしこっちに来るなら早めに決めないと」
「大丈夫、それも分かってるよ。ばあちゃんは」
その日、ばあちゃんに電話をかけた。
無事に家に着いた、実家に土産も置いてきたという報告を。
「島で撮った写真、また送るよ」
「待ってるよ。でも仕事忙しいんだから無理せんでね」
「……ばあちゃんもね」
「ばあちゃんはいつでも元気よ。見たじゃろ?」
「知ってるけど、それでも」
それでも、元気で。
「ありがとね。また会いにおいで」
ばあちゃんはいつものように穏やかな声で、電話を切った。
*
それから3年が過ぎ――
俺は両親と共に島へとやって来た。千波は臨月で移動ができず、自宅で留守番だ。
ばあちゃんの部屋の箪笥を開けると、やっぱりばあちゃんの匂いがした。おふくろのクローゼットと同じ匂いなのだから、“ばあちゃんの匂い”というのも変かもしれないが。防虫剤の匂いはばあちゃんのもの、という幼い頃からのすり込みは、そう簡単に変えられるものではない。
下の引き出しの隅っこに、煎餅でも入っていたのだろう大ぶりの四角い缶が鎮座している。茶目っ気のあるばあちゃんのことだから、きっと何か面白い宝物でも隠していたに違いない。
「どれどれ……」
少し錆の付き始めているその蓋を開けた。中身は古びた手紙だった。どれも、じいちゃんからのものだった。
『花子様
ここへ戻って来てしまいました。
弟は逝ったというのに、何故か私だけ。情けない思いです。
怪我の治療により耳を塞がれ何も聞こえず、聞こえないことよりも、痛い耳に触られるのが怖いのです。
恐ろしくて眠れないので、こうして筆を取っております――』