戦争が終わって、じいちゃんは長崎の病院に入れられたと聞いたことがある。
多分、その頃のものだろう。
爆撃を受け、耳の治療を余儀なくされたことが説明され、この先の不安を吐露し、けれど生きて帰れた希望はばあちゃんとの生活だと、こそばゆいプロポーズの言葉で締められていた。
何通も、何通も、それらはただただ、じいちゃんからのラブレターだった。
そして最後の1通だけは、ばあちゃんがじいちゃんに宛てたものだった。
『和夫様
耳が聞こえないのはさぞ不安でしょうに、あなたは一度も声を荒らげたことはありませんね。ずっと、いつも、穏やかな波のよう。
私もお付き合いしますからね。
けれど、私の下手な歌はもう聞こえないはずなのに、どうして私が歌うとあなたが笑うのか。とても不思議なんですよ』
くらり、眩暈がして、胸が潰れそうに締め付けられる。
じいちゃんはこの手紙を読んだのだろうか。
きっと、読んではいない。ここにあるということは、渡せていないか、渡す気がなかったということだ。
俺が補聴器を着けるよう説得しようかと言えば――
“ううん。せんでよか”……ばあちゃんはそう言って微笑んだ。
補聴器を嫌がったのはトラウマのせいかもしれないと、ぼんやりとそう思った。
だからばあちゃんは島を離れず、じいちゃんと一緒にここで生活することを望んだ。
孤独じゃなかった。
ばあちゃんはちっとも淋しくなんかなかった。きっと。
子や孫に簡単に会えない環境でも、苦労をしても、そんなものを打ち消してくれるだろう大きな愛情があったから。
じいちゃんとばあちゃんが、60年以上積み重ねてきた時間が、そこにあったから。
俺はボロボロと零れ落ちる涙で手紙を汚さないように、ぐっと上を向いた。
こんなに泣いては、鼻が詰まってばあちゃんの匂いがわからない。
「おお、大地来とったんか」
じいちゃんの甥に当たるおじさんが、俺の状態に構わずズカズカと部屋に入ってくる。
「ばあちゃん喜んどったぞ。大地はよぉ気に掛けてくれる言うてな。よか孫たい」
「……」
「……そんで、お前のばあちゃんはよかヨメゴたい」
じいちゃんとばあちゃんは、車にはねられて亡くなった。
2人揃って本土へ出て、街の病院へ行った帰りだった。
最期まで仲良く連れ添った、島の人たちにとっても自慢の夫婦だったそうだ。
ばあちゃんの匂いがした。
家に帰ったら、俺は千波にじいちゃんとばあちゃんの話をしよう。まずは、“ばあちゃんの匂い”について説明するところからだろうか。