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『波、歌う』寧花


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9月期優秀作品

『波、歌う』寧花

 

*

「ばあちゃんの匂いってなんだよ」と、おじさんは笑った。

 畳の匂い。
 仏壇の線香。
 庭のキンモクセイ。
 もはや箪笥に留まることのない防虫剤の匂い。
 蒸したもち米の湯気。

 俺のばあちゃんの匂い――厳密に言えば、“ばあちゃんの家”の匂いか。
 昔の日本家屋独特の。防虫剤に関しては、着物をたくさん持っているからなのだが。

 懐かしさに胸が震えて、ワケもわからず涙が溢れてくるのに、心底ほっとする矛盾。
 箪笥の引き出しをゆっくりと閉めながら、できるだけ長く、深く息を吸う。
 ……今日で、ばあちゃんの匂いとはお別れだ。

*

 博多港から深夜発のフェリーに乗り込み、一夜を明かす。
 30半ばのくたびれた顔をした男の顔が窓ガラスに映り込み、冴えない奴だな、と思ったら俺だった。
 かすかに上下に揺れるなか横になり、毛布を被る。
 明け方4時頃、乗船してきたばかりのまだ落ち着かない他の客たちの声が、ほんの少し耳に残った。
 俺の家の玄関からばあちゃんの家の玄関までは17時間かかるのだが、下手すりゃヨーロッパにまで飛んで行ける移動時間が国内旅行で発生してしまうのは――単に俺が、飛行機が苦手だからだ。表向き「空港へ出るまでが面倒だ」ということにしているが、実のところ空を飛ぶということが怖くて落ち着かないだけの小心者である。
 小学6年の頃までは、夏休みの度にこのフェリーに乗った。
 時化のおかげで船酔いしながら少年ジャンプを読んだこと、夜の真っ暗な海に月だけがぼんやりと浮かんでいたこと、見知らぬオッサンのいびきで目が覚めて、見たこともない色の朝焼けに出会ったこともあった。
 朝8時にはばあちゃんの家に着いて朝メシにありつけるというのに、ついつい割高なスナック菓子を買ってしまったりだとか。それから、気のいいおばさんが蜜柑をくれたりだとか。おそらく人生で15回ほどは世話になっているこの雑魚寝仕様のだだっ広い客室には、あらゆる思い出が詰まっている。
(帰りは個室か寝台取ろう……)
 群青に朱色が侵食し始める美しさと、やはり見知らぬオッサンのいびきという残念なハーモニーに、俺は密かにそう決めていた。

『まもなく間留港へ到着します。お降りの方は携帯電話等お忘れ物のないよう、2階フロント横へお越しください――』
 定刻に島に着き、荷物を肩に引っ掛けてフェリーを降りると、出迎えの島民たちの中にじいちゃんの姿があった。今か今かと待っているわりに俺には気づかず、懸命にきょろきょろと視線を巡らせている。
「じいちゃん、来たよ」
「……んまあー、大地か。立派んなって分からんじゃったぁ」
「ハハ、そうかな」
「……?」

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