「いやいや。じゃあ、遠慮なくいただくよ」
吉村はそういうと、縁側にどっこらしょと腰を下ろし、その場でプシュッと缶を開けた。ぐいっとひと口あおり、「ふぅ~」と満足げなため息をもらす。やがて目の前の梅の木を見上げた。
「今年もたくさん実がなったね。この木を見ると、美咲ちゃんが生まれたときのことを思いだすよ」
「わたしが生まれたときのこと、ですか?」
「ああ。お父さんのはしゃぎぶりといったら、なかったからね。アハハ」
「父が? はしゃいだんですか?」美咲には想像もつかない光景だった。
「そりゃそうさ。待望の女の子が生まれたんだから」
「待望……?」
「ああ。今度は必ず女の子がほしい、といってね。で、期待通りになった。その記念に、この梅を植えたんだよね」
「え?」そんな話は初耳だった。
「だからこの梅は、お父さんのよろこびをいっぱいに浴びて育ってきたんだろうな」
「そうなんですか……知りませんでした」
今度は吉村のほうが驚いた顔をした。「そうなのかい? お父さんから聞かなかった?」
「はぁ……父とはあまりそういう話はしないので……」
「へえ、そうなのか……」吉村はふたたびビールをあおると、庭をざっと見わたした。
「ここ数年は、お父さんとは園芸仲間みたいなものなんだ。お父さん、奥さんが亡くなられてからはとりわけ熱心になった、というか、没頭しているみたいだな、庭いじりに」
美咲も庭をつくづくながめた。そこでひとり作業に没頭する父の姿を思い描いてみる。なぜか胸の奥をきゅっと掴まれた気がした。
「そうなんですか……でも父は口を開けば文句ばかりで」美咲は苦笑した。「今回も、やれ実家の様子を見にいけとか、やれ庭の手入れをしろとかって。兄にはなにもいわないのに。でもやったからって、感謝もしてもらえなくて。だからこの前もつい、もう知らないって突き放しちゃったんです」
美咲はいつのまにか吉村相手に愚痴をこぼしていた。
「でもやっぱり気になっちゃって、こうしてつい草むしりを、ね」美咲はふたたび小さく笑った。「だからなんか悔しくて。しゃくに障るっていうか」
「アハハ」吉村が笑い声を上げ、ふたたびビールをぐびりとやった。
「まあ、親子ってのはそういうものかもな。でも悔しがることもないんじゃない? 親や実家のことが気にかかるのは、当然さ。それだけ美咲ちゃんが思いやりのあるやさしい娘さんだってことだよ」
「はぁ……」そういう考えかたもできるのか、と美咲は少し驚いた。わたしはやさしい娘なのだろうか? 父親にあんな口を利きながら?
「自分のそういう気持ち、素直に受け入れればいいじゃないか。べつにお父さんにいわれたからじゃなくて、自分の気持ちがおさまらないからやっているんだって」