「戻らないと、家も庭も荒れ放題だ」
「お父さんが戻ったところで、どうせなにもできないでしょ?」
「おまえが行かないんだから、わしが戻らなきゃ仕方ないだろうが」
美咲は歯ぎしりしたい気分だった。「なにそれ? そもそも、なんでわたしばかりに負担を押しつけるのよっ!」
いったあとで後悔した。「負担」という言葉は、さすがにまずかった。まるで親の存在がお荷物のように聞こえてしまうではないか。
父はむっつりと黙りこんだ。
「いちおう今日、帰りに実家によってみるから」美咲はそういうと、父の返事も待たずに病室から出ていった。
父にいわれずとも、美咲も実家の状態が気にはなっていた。ゴミも物置に入れっぱなしだし、湿気の多い季節に家を閉めきっていることも気がかりだ。
玄関を開けると、むっとカビ臭いにおいが鼻をついた。美咲はさっそく家じゅうの窓を開けていった。
今日が梅雨の晴れ間でよかった――そう思いつつリビングの窓を開けに行き、庭を見た瞬間、目を疑った。
ほんの2週間前に草むしりをしたばかりなのに、すでに雑草が庭じゅうにはびこっている!
「ウソでしょ?」美咲はそのままふらりと庭に出ようとして、はたと思いとどまった。蚊のことを思いだしたのだ。押し入れで見つけた蚊取り線香に火をつけ、一緒に保管されていた容器に入れて外に持ちだした。
庭に出たところで、美咲はしばしその場にたたずんだ。
どうしよう……。
雑草がはびこっているだけでなく、庭全体がなんとなく崩れた雰囲気になっていた。やがて美咲はあきらめのため息をもらし、いったん家の中に戻って先ほどの押し入れで見つけた軍手を引っ張りだすと、ふたたび庭にとって返した。
蚊取り線香を近くにおいて、草むしりに取りかかった。ぐいっと引っ張ると、前回同様、根もとからぶちっと切れた。しばらくそれをくり返していると、垣根越しに呼びかける声がした。
「それじゃまたすぐ伸びちゃうよ」
顔を上げると、垣根の向こうに人影があった。
「あ、吉村のおじさん、どうも……お久しぶりです」
隣に住む吉村は美咲の父より少し年代が若かったが、娘が美咲とほぼ同い年だったこともあり、昔は家族ぐるみでつき合っていた。顔を合わせるのは何年ぶりだろう……。
「お父さん、入院したって?」
「あ、はい、そうなんです。自転車で転んじゃって」
「そうか、美咲ちゃんも大変だね」
「いえ……」
吉村は美咲の足もとに目を落とした。
「お父さんに代わって草むしりかい? えらいね」
「あ、はぁ……」