薬箱を見つけて薬を塗ってはみたものの、かゆみはなかなかおさまらず、美咲は無性に腹が立ってきた。
親孝行しようだなんて、わたしもバカよね。いままでお父さんのいうことをきいて、いいことなんてひとつもなかったってのに!
それでも窓越しに庭をながめると、雑草はほぼなくなっているように見えた。怒りはおさまらなかったが、とりあえずやるだけのことはやった、と考えることにした。両隣の家の郵便受けに父の入院としばらく空き家になる旨を書いたメモを入れたあと、美咲は大きないら立ちとかすかな満足感と激しいかゆみとともに実家をあとにした。
数日後、美咲は父に草むしりのことを報告した。しかし父は、「そうか」といったきり、感謝の言葉も口にしなかった。
「おかげでこっちは何カ所も蚊に刺されたんだからね」
「蚊取り線香は?」
「蚊取り線香?」
「蚊取り線香焚かなきゃ。それか、虫除けの薬を塗らないと」
「まさかあんなに蚊がいるとは思わなかったから」
「だからおまえは非常識だというんだ」
美咲はカチンときた。「あ、そ。じゃあもう二度と実家には行かないから」まるで子どものようないいぐさになってしまう。
今度は父がむっとしたようだ。「それじゃ困る。ときどき様子を見にいってもらわないと。泥棒にでも入られたらどうする?」
「知らないわよ!」
美咲はそう吐き捨てると、そそくさと病室から出ていった。
ほんとうに頭にくる。お父さんって、どうしてありがとうのひと言もいえないんだろう。どうしてあんないいかたしかできないの?
美咲は自分でも子どもじみていると思いながらも、再度レントゲン検査が行われるという2週間後まで、見舞いにも実家にも行かないと心に決めた。
2週間後、不安を胸に病室に顔を出すと、案の定、父は開口一番、文句を垂れた。
「いままでなにしてた? おまえが来ないといろいろ困るんだ!」
「困るって、どういうふうに? 看護師さんがちゃんとお世話してくれるんだから、困ることなんてないでしょ?」
「まったく――」
そのとき医者が入ってきたため、親子げんかは中断された。
医者によれば怪我の回復は順調なので、退院後に入るリハビリ施設を早めに検討しておいてほしいという。しかし医者が姿を消すと、それまでおとなしく話を聞いていた父が「退院したら家に戻る」と宣言した。
「はぁ? いまの話、聞いてなかったの?」美咲は声を荒げた。