由美がスマホを手にとると夫からメッセージがはいっていた。同僚と飲んで帰るので夕飯はいらない、とある。が、すでに祐二のぶんも用意していた。由美は、なんだか腹がたつので返信せずにうちやっておいた。
夫を待つ必要がなくなったので、由美は普段より早めに食卓を整えた。そして居間にいる仁に姉を呼ぶよう言った。言われた通りに仁は、階段の下から二階に向かって、お姉ちゃんごはんだよ、と呼んだが返事がない。仕方がないので、二階に上がって姉の部屋の前に立ち、もう一度呼ぶと、姉は夕飯を食べないと言う。仁は姉に、ほんとうにいらないの? と確認した。するとやはり、食べないと答えが返ったので、仁は下におり、
「お姉ちゃんごはんいらないって」と、母親に伝えた。
「えっ、ごはんいらないって? なによあの子まだ怒ってるのかしら。ちょっとわたしが呼んでくるわ」と言って由美は二階に上がって行き、娘の部屋の扉を開けた。由希奈はふてくされてベッドの上で寝転んでいた。
「ちょっと由希奈、寝転んでないで起きなさい!それで夕飯食べないとか言ってないで、あなたのぶんも用意してあるんだから早く下におりてらっしゃい。さあ」
「食べたくないの! もう出てってよ」
由希奈は起きようとせず、寝転んだまま母親に背を向け言った。
「食べないのならなんで帰ってきてすぐ言わないのよ!」
「いいでしょっ! とにかく出てって!」
「母親に向かってなによその言いかた! じゃあもう食べなくていいわ、これから由希奈のぶんは作らないから」
「それでもいいわよ! 早く出てって!」
あきれて由美は娘の部屋を出た、部屋を出るとき、さっき娘がしたと同じように、バタンと激しく扉を閉めた。そしてまた娘と同じように、足音を大きくたてながら階段をおりていった。
三人きりの夕食は寂しいものであった。由利恵が由希奈を心配して由美に由希奈のことをしきりに尋ねた。が、そのたび由美は、「ほかっておけばいいのよ」と、真剣にとりあおうとはしなかった。二人をよそ目に仁は一人黙々と食事を済ませ、さっさと席を立って自分の部屋へいった。
十時半を回ったころ祐二が、酔っ払って御機嫌で帰ってきた。不機嫌な由美は御機嫌な夫を冷たくあしらった。それが気に入らなかった夫は急に不機嫌になり、酔いに任せて、ふだん胸にため込んだ鬱憤を妻にぶちまけた。妻はそれを夫に倍にして返した。口では到底由美にかなわない祐二は、激憤にかられ手をあげかけた。すると由美はすぐ、いま起ころうとしている暴力に対して、激しく非難の言葉を並べたてた。道理にかなった言葉の数々に、祐二は上げかけた拳をおろしぎゅっと握りしめ、うつむいて悔しさに下くちびるを噛んだ。おろした拳はぶるぶる震えている。勝ちを悟った由美は、ふんっ、と侮蔑的に鼻から息を吐き、うつむく夫に背を向けて一人寝室へ向かった。この晩祐二は居間のソファーで一人寝ころび朝を迎えた。