8月期優秀作品
『ひとつ屋根の下だからこそ』広瀬厚氏
ひとつ屋根の下だからこそ
喧嘩する。
仲直りする。
喧嘩する。
喧嘩する。
仲直りする。
喧嘩する。
と、よくもまあ飽きずに繰り返すものだ。それもこれも、ひとつ屋根の下だからこそだろうが。いくら喧嘩したって一緒におりさえすれば大抵なんとかなるもんだ、家族なんて大体そんなもんなような気がする。そりゃあまあ離れてこそ思う気持ちも多々あるだろうが、それだって言ってみれば一緒に暮らした年月あってのもんだろう。これから話さんとしてるのは、なんの変哲も無いどこにでもありそうな家族の、これまたありふれた夏の日の話である。
「こら仁! いつまで寝てるの、早く起きなさい、遅刻したってお母さん知らないわよ」
そろそろ鬱陶しい梅雨も明けてくれないかなと、ジメジメした毎日に辟易する七月中旬にあって、ある晴れた朝、布団をはだけ大の字にまだ目を眠らす、小学三年の仁を母親の由美が起こそうと大きく声をかけた。にもかかわらず仁は起きるどころか寝がえりをうってそっぽを向いた。それに怒った母親は息子の尻を平手で打って、
「起きなさい!」と、声を荒らげた。
すると、やっと仁は「まだ眠いよ」と言いながらも、ゆっくりからだを起こした。
「あっつい…」
「はいはい、朝から暑いけど早く下におりてらっしゃい。朝ごはんできてるから」
仁が眠い目をこすりつつ二階からおりて台所へむかうと、そこにはすでに彼以外の家族全員が食卓を囲んでいた。
「仁ちゃんおはよう」祖母由利恵が朝の挨拶をする。
「あ、おばあちゃんおはよう」と孫は返す。
「仁また寝坊か」父祐二が言う。
「みんな揃ったから食べるわね、いただきまーす」と言って、高校一年になる仁とは年の離れた姉、由希奈が箸を持った。
今朝は、白米に味噌汁、納豆、玉子焼、漬物、梅干、と平々凡々な和食が卓にあがっている。それを目に仁がこぼす。
「お母さん僕パンが食べたい。パンはないの? パンにしてよ」
「文句言わないで出されてるもの食べなさい」
「じゃあ僕いらない。オレンジジュースあったよね、それだけでいい」
そう言って冷蔵庫を開けようとする仁に由美が怒った。
「コラ! 朝から怒らせるんじゃないの。ジュースなんか飲まないで、さっさとご飯食べなさい、さあ!」
怒られて頬を膨らませ暫時冷蔵庫の前でつっ立っていた後、渋々仁は自分の席につき、小さな声でいただきますと言って、箸をとった。そうこうしているうちに姉はさっさと食事を済ませ「ごちそうさま」と席を立った。
お母さん残してもいい? と伺う仁に、仁ちゃん食べなきゃ大きくなれないよ、と祖母が促す。すると父が、仁男の子だったらおかわりするぐらいじゃないとダメだぞ、そう言って、由美ご飯と味噌汁おかわり、と自分がおかわりした。愚図愚図として一向に食の進まない仁に、
「もう早く食べちゃいなさい! ほんと遅刻するわよ」と母は、またまた怒るのだった。