「そりゃ、お前、まず頭に鍋かぶるやろ、ほんで眠たなったら棒で鍋どつくんや。ほんで、決め手は強炭酸、コンビニにあるしな。お前が苦手な炭酸の、もっと強いやつ、よー冷やしてガバッて飲むんや、そしたカッキーンてなってな、目パッチリやで」クククと笑うカツオ。
寝言で笑って答えるさち子。
「さすが、かっちゃんやな」
あくる日、夜も更けて、少し酔った和夫が帰って来る。駐車場のポン太が冷めた目でジロリと睨む。「ただいま帰りました」ポン太に敬礼する和夫。
灯りもついていない玄関を慣れた手つきでスマホで照らし、鍵をそっと開けて中に入る。「ただいまー」と小さく言って靴を脱ぐと、いつもは暗いリビングに明かりがついているのに気が付く。そっとリビングのドアを開けると、さち子がひとりで出窓の前に立っていた。
頭に大きなアルミの鍋をかぶり、片手にモップ、片手にソーダを手にした、異様な姿のさち子。
時計の針は12時に近く、出窓には空のペットボトルが並んでいた。洗い物の終わった台所。洗濯物は畳んでおいてある。リビングのおもちゃも片付いていた。
出窓の前にいるさち子の姿は、眠気と戦って、戦って、ボロボロになりながら勝利したその結果だった。
「さち子、どないしたんや、えらい恰好して。まだ寝てなかったんか?」
まっすぐに和夫を見るさち子。
「うちな……」
「ん?」
「この出窓、気に入らんねん」
「なんでや」
「うちの憧れてた出窓はな、外から見てレースのカーテンが、こうハの字に見えてな。そっからお姫さまみたいに手ふるねん」
「カーテンついてるやろ」
「そやけど、ハの字とちゃうし、外から見えへんやろ。うちが出窓に立ってても、外の人、だーれも見えへんやん」
「出窓の向こうは隣の家やからな……」
「そやからな、パパ」
「うん」
「うち、社宅戻りたいねん」
「え?」
「出窓が気にいらんからな」
「出窓が?」
「うん、出窓……」
さち子はひと呼吸する、
「晩ごはんが冷たいからと違うで。ママの帰りが遅いからと違うで。みつ子が泣いて可哀そうやからと違うで。出窓が気に入らんねん」
和夫は酔いも冷め、茫然とする。目の前の我が娘を改めてよく見る。長い間、ゆっくり見てなかったような気さえする。
さち子は言いながらだんだん泣けてくる自分が止められない。
「出窓がな、どうしてもな……、どうしても気にいらんでな……」