その瞬間、顔をあげる登紀子。突然手に持っていたコロッケを床にぶちまけた。
「あんたら!」
恐い顔をしてこちらを睨む。
「何好き勝手言ってんの! あんたらの為にママ、行きたくもないパート行ってるんやないの!」
みつ子は驚いてさち子の後ろに隠れる。
「うち、社宅の方が良かった!」
さち子か叫ぶ。
「みっちゃんも!」
みつ子も顔だけ出して叫んだ。
「社宅で、ママの作ったご飯、食べたい。あったかいの、食べたい!」
さち子の言葉に登紀子の心が驚いた。怒りと、情けなさと、混乱が一気に襲ってくる。不安そうな子供たちの顔、コロッケをぶちまけた床。朝の洗い物が残ったままのキッチン。おもちゃや洗濯物でちらかったリビング。それらをぐるりと見回して、登紀子は放心したようにへたり込んでしまう。
「ママ、どないしたん? 大丈夫?」
さち子が驚いて駆け寄った。
泣き出しそうなみつ子に、うつむいたままの登紀子。さち子はどうすれば良いかわからず途方に暮れた。
外はもう暗い。駐車場のポン太も、聞こえてくる声に心配そうな顔。通りの外灯もパチパチと切れかかっている。閑静な住宅街を月が冷たく照らしていた。
放課後のウサギ小屋。もうホウキすら持っていないさち子とカツオ。さち子はうつむき加減に腰かけて、木の枝で地面をなぞっている。
「で、おばちゃん、どうなったん?」
「寝込んでしもたわ」
「ずっと気持ち悪いんか」
「どやろな。急に働きだしたから体がびっくりしたんとちゃう?」
「そんなわけないやろ」
「それにな、みつ子も元気ないねん」
「え?」
「周りに遊ぶ子おらんやろ。いっつもひとりでな、時々泣いてんねん」
「そうなんや……」
「パパも帰り、おそいしな……。おまけに空気読めへんし……」
言いながら、いつになくじっと考え込むさち子。さち子の木の枝は何度もハの字のカーテンを描いては消しているように見えた。
「さち子、お前、大丈夫か?」
うさぎたちも、そそ、そそっと遠慮がちにエサを食べている。もう、掃除どころではなかった。
学校は夏休みに入り、登紀子は再び、パートを始めた。さち子は何も言わずに手伝った。午前中は塾の夏期講習。登紀子が帰るまでみつ子の面倒をみて、夕食がすむと、むずかるみつ子を風呂に入れる。疲れている登紀子の代わりに洗い物をしリビングを片付けると、もう9時に近かった。自分の部屋では机の上の宿題が白いまま置いてある。なんとか椅子に座るが、鉛筆を握ったまま寝てしまうさち子。寝ながら、しばらく会えないカツオに聞いてみた。
(なぁ、かっちゃん、9時過ぎても寝んようにするにはどうしたらええ?)
夢の中でカツオが答える。