カツオは引っ越し先の様子が気になる。
「うーん、静か」
「は?」
「道にはだーれもおらんしな、晩なんかシーンとしとるで」
「へー」
「みんな、どっかで秘密の集会しとるんやろか」
「そんなわけないやん」
カツオは笑い飛ばすが、さち子には続きがあった。
「それにな、出窓がひとつしかないねん。おまけに外から見えへん」
「出窓?」
「そう、出窓」
また、佑真の家の出窓を羨ましげに見上げるさち子。
「お前、出窓、見とったんか」
「何見とると思ったん?」
「い、いや、そうや、出窓や。さち子の憧れの出窓」
「そやねん、そやのに外からは見えへんねん……」
さち子は残念そうにつぶやく。
2週間ほど過ぎて、そろそろ新しい駐車場に慣れてきたポン太にさち子が「ただいまー」と声をかける。家に入ろうとするが、玄関は鍵がかかっていた。「しゃーないなぁ」と鍵をあけ、中に入るとリビングでみつ子がポツンとひとり、人形相手に喋って遊んでいた。
「ただいま」
「あ、お姉ちゃん。おかえり」
みつ子は嬉しそうに振り向いた。
「みっちゃん、ひとり?」
「うん、ママ、パート遅うなるねん。電話あったし」
「みっちゃん、自分で鍵あけたん?」
「うん、ランドセルにつけてるし」
「そうか……。宿題は?」
「まだぁ」
「あかんやん。見てあげるし、やってしまい」
「はぁい」
食卓テーブルで、みつ子の宿題をみてやるさち子。広いリビングに二人っきり。
(ママ、遅いな……)
宿題も終り、ままごとも飽きてトランプ遊びをしていると、登紀子が慌てて帰って来た。時計は6時過ぎ。家までの最後の道が坂なので少し息が切れている。
「ごめんね、遅くなって」
「ママおかえり、みつ子、かしこうしてたよ」
みつ子が、幼児のように甘えて抱きつく。
「そう、えらかったね」
登紀子は優しくみつ子を抱きしめ、頭をなぜた。
さち子は、もうみつ子のようには甘えられない自分がちょっと残念だった。
「ママ、パートって2時までと違たん?」
「その予定やったんやけど、今日は手が足りんかったから、仕方ないわ。店のお惣菜わけてもろたし、ご飯にしよか」
めったに買った惣菜なんて食べたことのないみつ子は目を輝かせる。
「わーい、なに、なに?」