「うちがおらんでも、宿題ちゃんとしいや」
うるさいわ!とカツオが言いかけたところにポン太に乗った和夫が叫ぶ。
「もう出るぞー」
登紀子とさち子は「はーい」と返事をして、車に急いだ。ポン太は「はよ来なおいてくで」とニヒルに笑いながら、長い間世話になった駐車場に別れを告げる。「じゃな」と他の車たちに挨拶し、出発するポン太。後を追う引っ越し屋のトラック。バイバーイと窓から手を振るさち子とみつ子、頭を下げて丁寧に挨拶する登紀子の目に、見送る社宅の人たちの姿がうつる。
(ありがとね)
その後ろでカツオの口が少しへの字になっている。
車はごちゃごちゃした商店街を抜けていく。大声で笑ってしゃべるtheおばちゃんたち、キャッチボールしながら歩くちょっとあぶない腕白集団、ワンワンとうるさく吠える犬の姿が目の前を流れていった。いつも遊んだ公園の前を抜けて、大きな道へと進む。じっと窓から外を眺めているさち子。だんだん、住宅街へと景色が変わっていく。進むごとに「閑静な」という形容詞が強くなっていくような、そんな景色。少し山手なのでゆるく上り坂になっている。
「なー、なんで引っ越しせなあかんの?」
登紀子がまたかという顔をする。
「社宅はずっとはいられんのよ」
「今度はさち子の部屋もあるんや。いっぱい勉強しろよ」
有頂天の和夫がさも自慢気に言った。
(なんでそっちに話が行くねん)
話が勉強に行くのが気に入らず、黙って後部シートに背中をうずめるさち子。
「お姉ちゃん、どないしたん」と、みつ子が聞くが、「なんでもない」とそっけない。
(それにしても、景色がちゃうなー)また外を眺める。
新しい建売住宅が並ぶ一角に入っていく2トーンルーフのポン太。周りの家の駐車場には社宅では見たことのないエンブレムをつけた車が納まっている。北向き玄関の角家の大きな駐車場に、態度だけでかいポン太が到着する。なんとなく不釣り合いな駐車場。ポン太なら、2台はとめれそうな奥行き。
引っ越し屋は手早く家具を運び始める。その傍らで、さち子がボーッと家を眺めていた。
「出窓、ないやん」
大きく見える角家だが、道に面した壁に出窓はなかった。
人通りは少なく、たまに通りかかる人は気取った感じでこちらをチラッと見る。散歩中の小型犬も服はフリフリだがツンとしてそっけない。
(犬に服いるんか?)
「さっちゃん、入るよ」
みつ子の手を引いた登紀子が声をかけた。
慌てて後を追いかけるさち子、玄関でつまずきそうになる。おっとっと。
「おいおい、大丈夫か」とニヒルなポン太が横目でチラ見した。