さち子が家を眺める理由が気になるカツオはそれとなく探りを入れてみる。
「佑真の家やて、知ってんのか?」
「うん、みんな、知っとる」
「でかいな」
「うん (ステキな出窓)」
「お前、好きなんか?」
「うん (ハの字のレース、うちの憧れの出窓)」
「…… (マジか)」
うっとりするさち子を横目に勘違いしてがっかりするカツオがうさぎに「こっち来んな」と八つ当たり。とばっちりを受けたうさぎが「迷惑ね」という顔で隅に集まり背をむけた。
連休を前にした土曜日。社宅の前には引っ越し屋の大きなトラックが停まっている。その前には和夫の愛車、2トーンルーフでタヌキ顔の軽自動車、ポン太が「俺が先導するぜ」という顔で停まっていた。カツオの母親に最後の挨拶をしている登紀子は顔にこそ出さないが浮き足立っていた。
「これまでありがとうね、かっちゃんママ」
「こっちこそ。いろいろあったけど、楽しかったわ。結構、急やったね」
「出物があってパパが気に入ってしもたから……」
「そやけど15年で社宅出なあかんて決まり、なくして欲しいわ」
「仕方ないわ、どっちみち狭いしね」
「次はうちかな」
「あんたとこはまだあるやん」
「そやけど頑張ったねー。あの辺、高級住宅街とちゃうの?」
「そうでもないよ」
そうとは言えない。
その横で神妙な顔つきでカツオに別れの挨拶をしているさち子。
「これまで随分お世話いたしました」と頭を下げる。
「は? 日本語、ヘンやろ」
ま、ええやんと笑いながら「これで腐れ縁とはオサラバやな」と清々した顔。
「おぅ、やっとや。長かったな」負けずとカツオも言い返す。
「生まれてからずーっと一緒やったしな」
「こ、これで誤解されんですむわ」
どもるカツオの気持ちがさち子にはさっぱりわからなかった。
「なんの誤解?」
「なんでもない」