「とりあえず、余計なものは、私の昔の部屋に全部入れちゃって!」
大きな家具以外を移動し、掃除機をかけると、8畳の和室は、旅館のそれらしく、見え始めた。
「玄関に、のれんもつけるのか? あと、掛け軸や生け花も?」
「うん。せっかくだから、気分出したくって! あ! 肝心のお風呂場も掃除しなくちゃ!」
時計を見ると、父と約束した時間まであと2時間しかなかった。夕食の準備もしなければならない!
さっきまで、遊んでほしいとぐずっていた結衣は、泣き疲れたのか、床で、うとうとし始めている。
ごめんね、今日は、おばあちゃんのために、協力してね!
夕食の支度をしてから、風呂場に行くと、タケルが掃除を終わらしておいてくれた。ああ、助かった。
「ありがとう、パパ! ピカピカだ! さすがだね!」
私がそう言うと、タケルは誇らしげに笑った。
「お義母さんが、いちばん好きな温泉はどこだっけ?」
「多分ね、水上温泉だったと思う」
「そっか! えっと、水上温泉っと、おお、あった! あった!」
タケルが、「温泉郷めぐり」の箱の中から、「湯の小屋温泉 水上温泉郷」の包みを一つ取り出した。
「そろそろ、お湯を張っておこうか?」
「そうだね。あ、浴衣に着替えなきゃ」
おあつらえ向きの着物がなかったので、家族3人で、浴衣に着替えて、父と母を、出迎えようと計画していたのだ。
結衣を起こして、慣れない手つきでようやく着替え終わると
「ただいま。あれ、何かしら?」
と、玄関で、母の声がした。
「あ! おかえりなさい……じゃなくて、ようこそ! いらっしゃいました!」
本当は、正座をして、丁寧に出迎えようと思っていたのに、結局、結衣を抱っこしたまま、出迎えることになった。
「まあ、素敵な女将と、可愛らしい若女将だこと! お世話になりますね」
母は、驚きながらも、喜んで、私たちに調子を合わせてくれた。父は、母の後ろで、黙って、にこにこしていた。
「どうぞ、こちらです!」
結衣を床におろし、手を引きながら、父と母を、和室に案内した。
「あら? 綺麗に片付いて! ここにあった荷物はどうしたの?」
「お母さんの昔の部屋に片づけたのよ」
結衣が、私の母の顔を見上げながら、説明していた。
「あらまあ! そうなの。ご苦労様ね」
母は、結衣を見て微笑んだ。