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『母の好きだった場所へ、もう一度』中村美香


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 なんて、ぶっきらぼうにしか言えない自分が情けなかった。
 手術が終わってからも、母は気丈だった。励ますために見舞いに行ったのに、逆にこっちが元気づけられた。
「傷、痛む?」
「それが、薬が効いているからかもしれないけれど、皮膚の感覚がないのよ。鉄板が入ってるみたいで」
 入院中は、そんな風に笑って言っていた母だけど、退院して、ひとりでお風呂に入る時
「鏡であまり見たくないのよね。やっぱり悲しくなるの」
 そう、ポツリと言った言葉に、私は、返す言葉がなかった。
 自分が、母の立場だったらなんて声を掛けられたいだろう? などと、考えてみたけれど、今、現在、胸にふたつのふくらみをつけたままでは、到底、想像などできなかった。
 母の顔は笑っていても、体は、左胸を庇うように、なんとなく猫背になっていた。
 そんなある日、母は、自分より先に乳がんになった友だちから、下着に装着して、胸のふくらみを表すことができる人工乳房というものがあると聞いたらしく、出掛けて行った。帰ってきた母の表情は、行く前よりも、数段明るく、私も、ホッとした。
 だけど、どうしても、ぬぐえない笑顔の上にかかった薄いベールのような膜は、まだかかったままだった。
 母の様子を気にかけながらも、私自身、小さな娘の世話に追われて、せわしなく時が流れて行った。

 学生時代からの友だちの光代さんから誘われた温泉旅行を断って、電話を切ったのを見た時、私は、手術してから2年経っても、母は、本当の意味で、乳がんから解き放たれていないのかもしれないと思った。
 今現在は、どこか別のところに、がんが転移をしているわけでもないし、傍から見れば、もうすっかり元気になったようだけれど、どうにかして、この膜を拭うことができないだろうか? と、考え始めた。
 すると、温泉好きだった母は、乳がんの手術以来、温泉はおろか、旅行にすら行っていなかったことに気がついた。
 あ! そうだ!
 私の中に、ひとつのアイデアが浮かんだ。

「たまには、お父さんと映画でも見てきてよ! はい! これ映画のチケット!」
 数日後、私は、半ば強引に、両親にデートを勧めた。
「でも……映画なんて、そんな気分じゃないし……」
 母は、あまり乗り気ではないようで、私は困った。このままでは、計画が実行できない。
「母さん、せっかく、みどりがそう言ってくれてるし、映画に行こう!」
 事前に根回ししておいた、父が、助け舟を出してくれて、ふたりは出掛けた。父に感謝した。
「お父さんとお母さん、今、出かけたよ! パパ、手伝いお願い!」
「よっしゃ!」

 夫のタケルに手伝ってもらい、私は、実家の片づけを始めた。

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