「これでいいかな?」と、私の肩に手を置いて、のぞき込むように私に顔を近づけてくる美容師さん。そのころには母も近くに来ていて「あら、お姉さんぽくなったねえ」とニコニコしていた。私は、お父さんに切ってもらったのとは違う髪型もそれなり満足はしていた。けれど、なぜか「すごくいいね!」とは言いたくなかった。その言葉を発すると、父を否定してしまうのではないかと怖かったのだ。
「うん、これでいいです」
小さく頷いて、私は、むりやり笑ってみせた。鏡の中では母も、美容師さんも、そして私も笑っていた。
美容院からの帰り道、母と並んで歩いていたときのこと。
私のほうをちらりと見ながら、母がこう言った。
「ヒロちゃんさ、その髪型、あんまり気に入ってないでしょ?」
私は、母に心を見透かされていることにギョッとしたけれど、「お母さんにはバレるかな?」とも思っていたので、少しだけほっとした。
「……やっぱり、わかる?」
「そりゃあ、そうよ。お母さんも、あんまり、気に入ってないもん」
「え! なんで?」
私は、びっくりした。お母さんまで気に入ってないなんて。あんなに、美容院ではニコニコしていたし、「かわいくしてもらったね!」なんて言って、嬉しそうに見えたのに。
「なんで気に入ってないのか? って言われると難しいねえ。でも、あれ? いつものヒロちゃんじゃないな、っていう印象が強くて。それが気に入らない原因かな? 美容師さんがヘタ、とかそんなことじゃなくてね」
母は、はぐらかさずにきちんと答えてくれた。答えてくれた時の表情や、声のトーンは私の心にすうっとしみ込んでいった。乾いた土にじょうろで水を与えられたかのように。
「……うん。私も、そう思う」
私はそれだけ、ぽつりと言った。
母は、私の手をそっと握ってくれた。母の手は温かくて、私はちょっとだけ、泣きそうになった。そうして手をつないだままで、私たちはゆっくりと歩いて帰った。
家についてから、父に「美容院どうだった?」と聞かれたとき、私は素直に気持ちを伝えた。
「お父さんに切ってもらったほうが、なんかしっくりくる。もみあげとか、もっと切ってほしいもん」
そう言うと、父はとても嬉しそうだった。母も、そばにいて笑っていた。
だけど、「じゃあ、美容院行くのはやっぱりやめて、お父さんがまた切ろうか?」とは、提案してこなかった。父としてもひとつの区切り、として決意していたこともあったのだろう。