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『父と私の優しい儀式』間詰ちひろ


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 ニコニコしながら「大丈夫よ。髪の毛を切ってもらうだけでしょ?」と、わざとおどけた表情で私をのぞき込んで、気持ちを和らげようとしてくれた。
 背もたれのない、鏡の前にうながされ、おそるおそるイスに座る。白い、幽霊みたいにふわりとしたケープに袖を通すように、美容師さんに促される。 
 美容師さんは母よりもずいぶんと若そうなお姉さんだった。
 私は、笑うこともできず、お面のように固まった表情のままぼんやりとしていた。鏡には、明らかに緊張している私の顔が映っていた。この後、どうしていいのか分からないままに、私は鏡に映る自分と見つめ合っていた。
「この子、美容院で髪切るの、初めてなんですよ」
 母は、私の緊張をほぐそうとしてくれたのだろうか。もしかすると母自身も少し緊張していたのかもしれない。いつもよりワントーン高い声で話していた。
 美容師さんも私の緊張をほぐそうとニコニコと鏡越しに私を見ていた。私はなんて言えばいいのか分からずに、無表情のまま、じっと口をつぐんでいた。
「じゃあ、今日は伸びたところを短くして、っていう感じですね?」
美容師さんは、母と私を交互に見ながら、確認していた。
「それでお願いします」と母はうなずいた。そして「お母さん、こっちで待っているからね」と少しだけ離れている、待ち合いのソファに座ってしまった。

 どうしよう……。
 私の緊張は和らぐことはなく、どうしていいのか分からないままだった。けれど、これから髪を切ってもらうだけだし、あまり緊張することないんだから、と無理矢理考えるようにした。

「じゃあ、切っていきますね」
 そういって、美容師さんは私の髪を手に取って、シャキン、と音を響かせた。お父さんが切ってくれているのとは全然違って、迷いなくパサンパサンとハサミは音をたてていく。
 自分の髪が切られているのに、なんだか他人事のように感じて、私は鏡に映されている光景をただじっと見つめていた。
 美容師さんが、私の緊張を和ませようとして「今何年生かな?」とか、「好きな授業はなに?」といった当たり障りのない質問を投げかけてくれていた。けれど、私は何だかうまく答えられなくて、ゴニョゴニョと口ごもってばかりいた。ただ、鏡を見ているのに精一杯で、話の内容は耳に入ってこなかった。
 お父さんなら、ここはもうちょっと短く切ってくれるのに、とか、美容師さんが作ってくれる髪型のあら探しばかりしていた。お父さんには「もうちょっと切って」とか、「こんなに切らなくても良かったのに」と簡単に言えるのに。美容師さんには、何ひとつ言えなかった。

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