それでも、私は父に髪を切ってもらうことが好きだったし、それが当たり前だと思っていた。小学六年生になっても、私は父に「お父さん、次のお休みの日に髪の毛切ってくれる?」とお願いしていた。美容院に行きたいとは、思わなかった。
しかし、父はそうではなかった。年頃に娘の髪を切ることに、少し責任を感じはじめていたのだろう。
ある日、父が私にこう言ったのだ。
「ヒロちゃん、お父さんが髪の毛を切ってて、恥ずかしくないか? お母さんが通っている美容院行ってみたらどうかな? 周りのお友達とかは、美容院で髪の毛切ってるんじゃないの?」
その言葉を聞いた時、私は少しショックだった。
お父さんは、もう私の髪を切るの、嫌なのかな……? そう思ってしまった。しかし、私が悲しそうな表情をしたことを、父は見逃さなかった。
「お父さんは、ヒロちゃんの髪を切るの、嫌じゃないよ。だけど、もうすぐ中学生になるし、オシャレな髪型とか、お父さんはできないから……」
そう言った父の顔も、少し悲しそうだった。
「お父さんに切ってもらうの好きだけど……。でも、一回お母さんと一緒に美容院に行ってみようかな?」
私は、父に髪を切り続けてもらいたい気持ちもあった。お父さんが切ってくれた髪型を恥ずかしいなんて思わない。けれど、父が何となく重荷に感じていることも、分かってしまった。私は父を困らせたくなかったし、このままずっと髪を切ってもらうことは難しいのかもしれない、と自分自身に言い聞かせ、納得したのだった。
その会話から四ヶ月ほど過ぎた頃。
私は母と一緒に、母が通っている美容院に行くことになった。
カランカラン、と鈴のついた重い扉を開ける。
「こんにちはー!」
お店の中から、ハキハキとした女性の声が響き、私と母を迎えてくれた。
一歩お店に入ると、そこはムッとした薬品の匂いに満ちていた。パーマ液やヘアカラーの薬剤の液の匂いだろう。鼻の奥にツンと刺さる強い匂いを、少しむずがゆく感じた。けれど、美容院からかえって来た時の母の匂いと似ているし、騒ぎ立てるほどのことでもないと、我慢した。
壁には備え付けられた鏡が何面もある。自分の姿が映っていて、こちらを見ていることにも慣れなくて、いちいちビクビクしていた。
母は、私がとても緊張していることに気がついていた。