8月期優秀作品
『父と私の優しい儀式』間詰ちひろ
「ヒロちゃん、そろそろ、うっとうしいんじゃない?」
小学生の頃のことだ。
私は数ヶ月に一度、父とある儀式を行っていた。
その儀式とは「髪を切ってもらうこと」だった。
私は幼い頃から父に髪を切ってもらっていた。多分、それは特別なことではないのだろう。幼い子どもがいる家ではおなじみの光景なんだと思う。
父に髪を切ってもらうことを、少し恥ずかしい気持ちもあったけれど、私は誇りにも感じていた。父は、散髪屋さんじゃなくて、まったくの素人だ。けれど、いつだって私の気に入った通りの髪型にしてくれたからだ。
玄関の床一面に新聞紙を敷き詰める。背もたれのない丸イスを準備して、私は散髪用のケープを母につけてもらう。青い色の円盤みたいな形をしたケープは、首に隙間なくぴったりと巻きつけられて、すこしこそばゆい。そうして、父に「準備できました」と声をかける。きちんと手入れされている散髪用のハサミを三本用意して、父がいそいそと私の前にやってくるのだ。
私の髪を切っているときの父の顔は、いつも真剣だった。
誤っておでこや耳を切ってしまわないように。父はぴりぴりとした空気をまといながら、私の髪をショキンショキンとテンポよく切っていった。
私はその髪を切ってくれるハサミの音がとても好きだった。髪の毛の量が多くて、スキバサミを使う時の音はジャキンジャキンと重い音。前髪なんかはシャキシャキ。全体を整えてくれるときにはハサミの刃がこすれ合うショキンショキンという音が響いていた。
私はショートヘアだったので、ただ、パッツリと切ってしまって終わりじゃなかった。襟足やもみあげを切る時は、「じっとしてて。動くと危ないから」と言って、父は眉間にキュッとしわを寄せながら注意深く切っていった。私は耳にヒヤリとあたるハサミの冷たさにちょっとだけ背筋を震わせながらも、呼吸すらも潜めてじっとしていた。
三本のハサミを上手に使い分けながら、父は大切な作品を作り上げているアーティストのように繊細かつ大胆に、私の髪を切ってくれた。
上手だ、といっても毎回上手く切れていたわけでもない。
父と母がお昼ごはんのときに、なにやら言い争いをしていた後の散髪では、父は少しイライラしていた。そんな時は私の髪を少しばかり切りすぎてしまうこともあった。父の散髪が気に入らなくて、私が文句を言ったことも、もちろんある。「もう、美容院へ切りにいきなさい」と父もムッとさせてしまっていた。