私は眉根を寄せた。夫の軽い言い方が少し癪に障った。
「そんな簡単に言わないで……あの子に何かあったらどうするのよ。私、ずっと心配してたんだから」
「そ、そりゃ俺も心配したけどさ……」
「……けど、って何? こうなったのは、私のせいだって思ってるの?」
「そんなこと言ってないよ。お互い仕事なんだから仕方ないだろう」
心の中で、何かが引っかかっていた。
「おい、智子。聞いてるのか?」
何も言わず、電話を切った。鬱積した感情が出そうになった。夫は何も悪くないのに、どうしていつも私は……。
外を見ると、雨が落ち始めた。私は洗濯物を取り込み、窓を閉めた。
私が帰ってくると良太は「おかえり」と言って笑顔で駆け寄ってくる。息子はいつも元気で明るく、悲しい顔など私に見せたことはなかった。
今まで良太の為に頑張ってきた。お金を貯めてもっと良太にいい思いをさせたい。不安定な将来、私が今、必死に仕事を頑張らないと息子は幸せになれないのではないか。だから夫婦して「もう子供じゃないんだから我慢してね」と口癖のように言っていた。息子は毎晩、こんなにも静かな部屋で私達の帰りを待っていたのだ。
文句も言わずに、一人ぼっちで――。
ふと、机を見ると『夏休みにやりたいこと』という息子の宿題が置いてあった。
夏休みになったら、お父さんとお母さんと
家族みんなで、おばあちゃんちに行きたいです。
そこでみんなでご飯をたべて、花火をしたいです。
前田良太
おばあちゃんが作ってくれた夜ご飯を食べ終わり、ゆずの香りがするお風呂に入った。体がポカポカと温まり、お風呂から出ると、おばあちゃんが敷いてくれたお布団にわーい、と言って飛び込んだ。
「一人で寝れるかい?」
「……だいじょうぶ」
「そうかい。おっかさんいなくても大丈夫か?」
「うん。だって、もうぼく子供じゃないもん」
布団の上に寝転がって大の字になった。
「んじゃ、婆ちゃん向こうで寝っからな。なんかあったら起こしてけろ」
電気が消され、一人になった。
「だいじょうぶ……だいじょうぶ……」
ぼくは、ゆっくりと目を閉じた。
次の日。朝からぼくは、元気良く畑を走り回っていた。
「おばーちゃーん! これなーにー?」
「あー? それは大根だんよお。引っこ抜いてみろ」
ぼくは思い切り葉っぱを引っ張った瞬間、ドシンと後ろに倒れてしまった。
「うわー!」