8月期優秀作品
『おはよう』長尾優作
「おはよう」
と、ぼくが言ったのに、お父さんもお母さんも返事をしてくれなかった。
きっと、お仕事に行く準備で忙しいから聞こえなかったんだ。
「良太。今日は夜ご飯一人で食べてね。私、仕事で遅いから」
そう言って、お母さんはお化粧を続けた。
今日も食パンと牛乳か……。お母さんが機嫌のいい時はキッチンから鼻歌が聞こえてきて、ぼくの大好きな目玉焼きとウインナーを焼いてくれるのに。
仕方ないよね、お仕事だから。
「うわー、遅刻だ」
お父さんがスーツを着ながらやってきた。
「ちょいと、そこのお嬢さん。よかったら俺を車で送って行かないかい?」
ふざけた調子で言うと、お母さんは冷たく言い返した。
「どちらまで?」
「俺の仕事場まで」
「無理です。私も仕事に行きますので」
お父さんは口をへの字に曲げて今度はぼくに声をかけた。
「良太。学校は?」
「夏休みだよ」
「はあー、夏休み? いいなあ、子供は」
「ぼく、もう子供じゃないよ」
「七歳はまだ子供なの」
「違うもん。ぼく、子供じゃないもん」
お父さんは「はいはい」と言い、トイレに入った。ぼくは頬を膨らませて、パンをパクッとかじると、カレンダーを見てマル印が付いている日を確認した。
明日は、みんなでおばあちゃんの家に遊びに行く日。(やったー、楽しみだな!)
「ねえ、お母さん」
「なに?」仕事用の服に着替えたお母さんが振り返った。
「明日は何時におばあちゃん家行くの?」
お母さんは「え?」と言ってカレンダーに目を向けた。
「……そうだったっけ」
お母さんは困った顔をして、ぼくの前までやってきた。
「良太、ごめんね。今年はお婆ちゃん家行けないの」
「……なんで?」