母は「はいよ」と言い、保留音に切り替えた。
数十秒後――、再び母が電話に出た。
「お母さんと話したくねえってよ。どうすっぺか」
それを聞き、私は言葉に詰まった。何を言えばいいのかわからなかった。
母に「また連絡する」と伝え、電話を切ると、その場で立ち尽くした。
田舎の母は、いつも私のことを心配してくれた。
父が亡くなって以来、母は一度も弱音を吐かなかった。十八で上京した一人娘の私に気を遣い、野菜も食べきれないほど送ってくれた。母から見れば、私はずっと「子供」なのだ。時が流れ、いつの間にか私も母親になっていた。親として出来る限りのことはやってきたつもりだった。
携帯電話の裏に、小さなシールで貼ってある息子との写真を見た。
――そう、私は良太の母親なのだ。
息子にとって、私だけがたった一人の母親なんだ。
『一人で大丈夫よね』
なぜ、私はあんなことを言ってしまったのだろう――。
あの子は、今までも、これからもずっと……私の子供なんだ。
毎朝、良太が起きた時。私は挨拶もしないで仕事に行った。
毎晩、私が帰った時。良太は「おかえり」と言って出迎えてくれた。
私は大人になるにつれて、何か大切なものを見失っていたのではないか――。
「りょうた……」
息子の顔を思い浮かべ、私は袖を濡らした。
刹那――、短いクラクションが鳴り、後方に一台の車が停車した。
運転席からスーツを着た男性が降りてきて、私の後ろでわざとらしく声をかけた。
「ちょいと、そこのお嬢さん。よかったら俺の車に乗って行かないかい?」
私は、その声に気付き、涙を拭いて振り返った。
「……どちらまで?」
彼は行き先を告げた。私は微笑み、コクリと頷いた。
ぼくは、ぼうっと窓を見つめていた。外は真っ暗で何も見えやしないのに。
「ねえ、おばあちゃん」
「なんだい?」
「お父さんとお母さん、怒ってるかな」
おばあちゃんは布団を敷きながらこっちを向いた。
「……ぼくのこと、嫌いなのかな」
「んなことねえべ」
ぼくは、おばあちゃんの顔を見た。
「もし家に帰れなかったら、おばあちゃんの子供になっていい?」
おばあちゃんは手を止め、ぼくの隣にやってきた。
「なあに言ってんだ。パパとママはなあ、良太の為にお仕事してんだ。良太が元気で飯食えるように頑張って働いてんだわ。良太のこと嫌いだからおウチにいねえんじゃねんだよ。二人はな、良太を一番大切に思ってんだかんな」
おばあちゃんは、ぼくの頭をなでた。
「ぼく……今日は、おばあちゃんと寝る」
「んじゃあ、良太の隣に布団敷くべな」