「あ、もうビール切らしそうね。買い足しとくから」
キッチンからきこえる声に、缶ビールを置く音でこたえる。飲んでも飲んでも足りない気がして、飲んで置く、飲んで置く、を速いペースで繰り返す。
「そうだ、また洗濯機回すんだった。シャツ脱いで置いといて」
「まだ一日着たばかりだぞ」
「夏だし、汗かくでしょ。それに飲み会だったのなら、色々と臭いついてるだろうし」
妻の指摘は図星だった。素直に従い、ベルトをゆるめてシャツを脱ぐ。それと同時に、情けない腹が飛び出す。これが年輪か……と思うことで、何とか心の平静を保つ。
カンカンカンカン、と踏切が鳴り、ゴキジェットを切らしていることを思い出した。来た道を少しだけ戻り、遅くまであいているドラッグストアへ向かう。夏だけあって、『夏の防虫対策』というポップの目立つ棚がある。上から順に、待ち伏せ型、スプレー型、タンス向け、お庭対策と並んでいる。スプレー型に目をやると、いくつか商品が並んでいるが、やっぱり使い慣れた商品を手に取る。この商品を手に取ると、家族とぶりんぬの姿が同時に出てくるからシュールだ。パパ、と泣きつく娘、よろしく任せたと言わんばかりに笑う妻、隠れて出てこないぶりんぬ、そんな情景が頭に浮かぶ。娘には少し悪いけれど、その時間を本当に大切に感じている。
ヴッ。スマホが震えた。
『パパー! 出た! はやく!』
どうやら本日は出番らしい。俺はゴキジェットを二つ手に取ってレジへ小走りで向かった。そんな夜。悪くない時間だ。
家に帰ると、例の通り、娘が玄関で狼狽えていたようだった。俺が玄関の扉を開くと、すぐさま娘は俺の腕をひき、部屋へ引きずっていった。
「今回は二丁拳銃だぞっ」
俺は昔ヒーローショーで観た二丁使いを真似てポーズをとる。これが娘に全くウケず、娘は早くっ早くっ、と叫んでいる。俺は息子にしかなったことがないので、娘に何がウケるのかが全くわからない。
「二匹でたの!」
「二匹? それは珍しいな」
部屋をぐるりと見渡すが、いつも通り、その姿はない。ドアノブにも目をやるが、そこにもいない。俺の両手にはゴキジェットがある。いつでもかかってきやがれ。色々なところにノゾルを向けて気取って見せるが、いずれも照準があわない。
「パパぁ」
「待ってろ。すぐに出てくるから」