美術番組のナレーションの声がハルヲの耳にいつまでも残ってる。
<視線をあわせた時に終わってしまう何かを恐れていたのです>
テレビのフレームの中には、未完成のままのミケランジェロのピエタが映し出されていた。
大理石の中に潜んでいるたいせつななにかを彫刻しようとした時間がそのままむき出しになっているような作品だった。
そこに彫刻されていたマリアとイエスの視線は交わらないままで、視線を合わせると終わってしまう何かっていうフレーズがなんども耳の中で繰り返される。ハルヲはノアールと視線を合わせるように見つめる。
ノアールはハルヲの気持ちをしっているのか、視線をずらす。
いつだったか、出会うってことは、じぶんの目が出会うのだって突然気づいたことがあって。でも目がなにかや誰かに出会ってしまうってことは、もうすでにおしまいを孕んでることだと知った。
もう一度、あえて未完成を選んだ、ピエタをハルヲはみつめる。
ノアールと暮らし始めてから規則正しくまっすぐ家に帰る日が続いていたハルヲ。その日は務めている画材屋さんの棚卸しの日で、帰りが遅くなった。
そんな真夏の夜。わたしも所要があって思いがけず帰りが深夜に近くなってしまった。ドアを開けると、ハルヲの部屋のベッド上で寝ているノアールを、みた。
何の変哲もない部屋のいつもみている景色なのに、なんだか胸がひりひりする。ノアールはふだんハルヲがひとりじめしている縞々のタオルケットに真っ黒いからだをすっぽり包むように、鼻を押し付け眠っていた。
ハルヲの匂いを感じたくて、その長い糸の塊を足の間に引き寄せている。
待っているうちに眠ってしまったんだ。
なんだかハルヲとノアールの愛しくちくちくした関係に気持ちがつかのま揺さぶられそうになった。
そんな時、ハルヲが帰ってきた。黙ったままわたしはハルヲのベッドを指さした。ハルヲは一瞬制御できないような感情に見舞われて、うわっとその真っ黒い毛むくじゃらの闇に似た生きものを抱きしめたかったけれどがまんした。
ハルヲはあんなにタオルケットにくるまって眠るのが、唯一侵されたくないかれのテリトリーなのにそのタオルケットを、あっさりとノアールにゆずってひとりソファで眠った。
あのくたっとした繊維。
まるで猫っけのようで。
それはきっとそのひとの匂いが知らずしらずにしみついていて。