そんなタオルケットオキュパイドな夜から一夜明けて。
ノアールは朝方、こっそり我が家から出て行った。
とにかく何を探しているのかわからなくなるぐらい探しつくしたけれど、ノアールははじめっからいなかったみたいに、消えていた。
ハルヲがどんなふうになってしまうのかこわかったけど、意外と冷静だった。
「あの、キジトラに逢いに行きたくなったんだろ。尋常じゃない目でみてただ
ろう、ノアール」
「うん、ハルヲもね」
窓のそばにはしゃがんだ格好で、まるでノアールの視線の位置でもって話し始める。その時ハルヲはふいに。<視線をあわせた時に終わってしまうなにかを恐れていたんです>というナレーションを思い出して腑に落ちる。
「キジトラさ、むいみな出会いだと思ってたけど。あいつら目と目が出会ってしまったのかもしれない。猫だものね」
独り言のような感じで呟きながら、おもむろに立ち上がる。
「あ、線香花火でもしますか?」
ハルヲとわたしは、ちいさな庭にしゃがんで線香花火に火をつける。
黙ったままふたりで火をともしていた。
ハルヲはほんとうはノアールのことを、誰よりも信頼できる家族だと思っていたのかもしれない。ハルヲの横顔をのぞき込む。ただただこわいぐらいに静かだった。
線香花火にマッチで火をつける。むかし子供の頃に親しんだものとちがって今はチャイナ製のせいか、おそろしくはやく燃え尽きる。
部屋にいちどハルヲがもどると、虫よけスプレーを取ってきた。
「これさ。ノアールが」
「好きだったよね。この匂い。なんかお花畑にでも迷い込んだみたいに鼻をくんくんさせてさ」
「うん」
「ハルヲ、いつもノアールが蚊にさされないようにってシュッとやってたでしょ」
「そんなことがありましたかねぇ」
ハルヲは、つかのま思い出に沈み込みそうだったけど、気を取り直したのか。
再び、部屋に戻った。
ノアールが昨日の深夜くるまっていたタオルケットを、洗濯機の中に放り込んで、スイッチを入れた。ノアールの匂いが微かにしたような気がしたけど、それは<フローラルグリーン>の香りにまけて、消えていった。