「まあね」
「まさか、出張中の奥さんの食事も?」
「妻は放っておくとコンビニ弁当しか食べないから、日曜日に日持ちするものを作り置きしてきた」
「偉いねぇ。俺だったら絶対できないな」
「でも、洗濯は妻がやってくれているよ。掃除とゴミ出しは、二人でやるしさ」
「確かに今の時代、共働きで家事も一緒にやった方がいいよな。男ひとりの給料で、奥さんずっと養うのもキツイし。でも、毎日料理するのはさすがに尊敬するわ」
「俺の両親も仕事が忙しかったし、小学校の頃から自分でカレーとかオムライスとか作っていたから、そんなに大変じゃないよ」
「俺なんか、チャーハンすらろくに作れないぜ。だから離婚されちゃったのかな」
山口は、窓の外の流れる景色を見ながらつぶやいた。外は、すっかり暗くなってきている。
「それは関係ないだろう」
「次に彼女が出来たら、男の手料理ってやつをふるまえるように頑張るよ」
「まぁ、人には向き不向きがあるからさ」
冗談めかして、邦和は山口に言った。ほどなくして、東京に到着するアナウンスが流れた。邦和の頭に、佳織の顔が浮かぶ。出張に行く前、佳織から「体調が優れない」と聞いていたので、出張中も気がかりだった。昨日の晩、滞在先のホテルから佳織に電話を掛けたら、火曜日だけ会社を休んだが、その後は普通に通勤していると言っていた。元気そうな佳織の声を聞いて少し安心したが、できるだけ早く家に帰ってやりたい、と邦和は思っていた。東京駅に到着して山口と別れると、邦和は足早に、乗り換えをするため電車のホームへと向かった。
そして今、邦和と佳織は、リビングのダイニングテーブルに向かい合って座っている。
「……別に、無理して食べなくてもいいけど」
沈黙する邦和を見て、佳織は困ったような表情を浮かべて肩をすくめた。ノーメイクの佳織は邦和の二つ年下であるにも関わらず、まるで幼い少女のように見えることがある。
今から十分ほど前、帰宅してダイニングテーブルを見た邦和は、息を呑んだ。衣が剥げて海老の身がほぼ丸見えのエビフライ、ひとつがゴルフボール大くらいのサイズの肉団子、茹でたジャガイモと大ぶりに切られたきゅうりとにんじんに、大量のマヨネーズがかかったポテトサラダ。なかなかインパクトのある見た目ではあったが、それらはすべて邦和の好物のメニューだった。
「……ありがとう。作ってくれたんだね」
「そんなにびっくりしなくてもいいじゃない」
「いや、一応料理は僕の担当だからさ、我が家では」
現に、朝食作りに失敗したあの日から、佳織がキッチンに立ったことはない。
「今日は定時で仕事が終わったし、時間があったから」
「体調は?」
「今は大丈夫。冷めちゃうから、早く食べようよ」
「そうだね」
どういう風の吹き回しかと邦和は少し不安に思いながらも、箸を持った。
「あ、ご飯よそうね。ちょっと待って」佳織が立ち上がろうとする。
「いいよ、俺がやるよ。座ってて」