「もうお義母さんの料理食べられないのかな。本人が一番悔しいだろうね」
「周子さんはまだ、母さんのすごさをわかっていないよ。きっとちゃっかり台所から引退できると思ってるよ。これからは父さんに作ってもらう気でいるさ」
「ほんと? お義父さん、何もしたことないのに大丈夫?」
「大丈夫だよ。須藤家の男は」
「これから味噌も自分たちで作らなきゃね。梅干しも」
「できる?」
「なんとか。味噌を妥協したら苦情が出る。筍の塩漬けは自信がないけど」
「少しずつやっていこう。まだ生きているんだから聞けるよ」
「まず衣更えだね。バタバタで、沙耶たちの制服出すのがやっとだった」
なんだか気が急くばかりで落着かない。
「ちょっと飲もうか」
雅男が、義母からもらった梅酒の瓶を持って来た。琥珀色に変わっている。去年の梅酒――もうあまり残っていない。
「お義母さんの梅酒。最後になるかもね。私のと全然違うのは、なんでかな」
「周子さんのだっておいしいよ。きっと、どんどんおいしくなるよ」
楽しいことも辛い事も、いつか終わりがくる。そんな当たり前のことに、やっと気づくのが不思議だ。義母が作った梅酒は、まさに甘露だ。尖ったところがひとつもない味だ。
開け放した窓から湿気を帯びた風が入り、梅雨隣りの空に丸い月が見える。この月に合うのは、まだ自分の梅酒ではない。
「暗くて見えないけど、百日草の芽がいっぱい出てるのよ、そこ」
「早いね。一年なんてあっという間だな」
今年も百日草がいっぱいに咲く。百日咲き続けるから百日草。強すぎて風情がないと言われるけど、周子は百日草がとりわけ好きで種を撒く。夏の朝、窓を開けると、赤やオレンジのポンポン咲きの花が、真っ先に目に入る。両手いっぱいに切り戻しても、また次々に愛らしい花をつける。
丈夫で長生き、そんな女なら目指せそうかなと周子は思った。
沙耶が二階から下りてきた。
「あのね、今日帰りに病院に行ってきたよ。そしたらほら、おかきをこんなにもらっちゃった」
まだ隠し持っていたのか。孫への手土産用は、別口で保管しているのだろう。
「それでね、おばあちゃん言ってたけど、再来月には家に帰るって」
「えっ?まだ帰れないでしょう」
聞いてない。入院期間を終えると、リハビリセンターに移る予定だ。それに再来月は真夏だ。
「うん。だけどもう、リハビリなら家でできるって。病院は楽しいけど(!)飽きたらしいよ」
「そんな無茶よ」
「だと思うけど、おばあちゃん聞かないよ、多分」