夕食を終えると、もう八時を過ぎていた。休みの日は短い。
「雅君の周りって女傑というか、強くて大物感のある人が多いじゃない。でも忘れてたけど、一番強いのはお義母さんだよね」
「いまさらだよ」
「強いだけじゃないけど、絶対に動かない何かがあるよね」
「うん。思い出したことがあるんだ。子どものとき庭から車が通るのを見ていて、ふっと、釘を置いたらどうなるのかなって。それでアイスのカップを伏せて釘を中から刺して、ちょっとだけ出るようにして道に置いたんだよ」
「うそ! 結構悪ガキじゃない」
「あんまり深く考えてなくて、ただどうなるのかなって。なかなかその上を通る車はなかったし。だけどずっと置いてたら、家の前で一台パンクしたんだ。今よりタイヤが、弱かったってこともあるんだろうけど。で、子どもって馬鹿だから、もう一度やってみたくなって、また置いてね」
「ひどい」
「さすがに怒鳴り込まれたよ。お宅の子が釘を置いたんだろうって。でも怖くて謝まることできなくて、『やってない』ってつい言ったんだ」
「お義母さん、なんて?」
「涼しい顔して『やってないって言ってます』って、それだけ」
笑うしかない。
「お義母さんらしいね」
「嘘をついたままになったけど、もう二度としないって、すごく反省した」
義母は全てわかっていたにちがいない。きっとそうだ。相手の人には申し訳ないと思ったけれど、そうした。母親の勘みたいなもので、そうしたほうがいいと思ったのだろう。非常識な親だと非難される話かもしれない。だけど、子どもを庇って駄目にしてしまう親とは、根本的に何かが違う。どう違うのかと聞かれても、うまく答えられないのだが。周子が欲しかったのはそんな愛情だと、温かい気持ちになる。そして何だかいつもおかしくて笑ってしまうのだ。
「落ち着いたら今津のお母さんに会いに行こう。ずっと行ってないだろう」
今津というのは周子の実家がある町だ。
「……そうね。これからは何があるかわからないものね」
会いに行こうと思った。おそらく心が通うことはないだろう。愛情を得られるわけでもないだろう。だけど義母に歴史があるように、母にもそうなるしかなかった何かがあったのだ。悔やむことも、責めることもしないほうがいい。ずっと周子の心の中にある、自分にしか見えない迷うほど鬱蒼とした場所。時折覗く、強い力で壊してしまいたくなる場所。もうそんな場所は心の中から外して捨ててしまったほうがいい。