義母は少し得意げに胸を張った。はきはきした声が適任だと任命されたらしい。リハビリの際に、「今から始めます!」と声掛けをしているとのことだ。
ふと見ると、ベッドに貼紙がある。「間食禁止」の文字が、太マジックで書かれている。
「ごはんがおいしくないのよ。量も少ないし」
それで、お見舞いのお菓子や果物をこっそり食べているのを見つかり、看護師さんに貼紙をされたらしい。
そうだった。義母は何があっても、その場所をものにする、逞しく負けない人だ。きっとほかの人たちも、それぞれの絶望だけではない、何かを見て生きているのだろう。日常は、誰にでも同じようにやってくる。子どもでも大人でも、健康でもそうでなくても、ひとりひとりに残された喜怒哀楽は、同じだけあるのかもしれない。
いくつになっても皆、変わらないものをずっと内側に残している。きっと変わらないのだ。雅男の中に引っ込み思案の子どもがいるように、義母はいつでも笑いのある日常を引き寄せる。
まだ二十代とおぼしき色白の看護師さんがきびきびとした足取りで入って来て、おどけたような顔で声をかける。
「須藤さん、間食してませんか」
「息子が来たので、全部持って帰ってもらうから大丈夫」
置かれた状況は明るくはないが、思わず吹き出してしまう。
病院には例の従姉たちも来てくれた。楓さんと昭代さんだ。
「節子ねえちゃん!」
二人はそう言った後、言葉が続かず涙ぐんだ。節子というのは義母の名だ。末娘だった義母は、自分の姉の娘たちと、年の離れた姉妹のように過ごした時期がある。
二十年ぶりに会った従姉たちは、さすがに若い頃のギラギラした様子は薄まっていた。しかし、やはり普通の主婦とはどこか違う。聞けば二人とも、とうの昔に離婚しており、何やらよく分からない会社の事業主になっているらしい。随分遅く結婚したにもかかわらず、さっさと別れたということになる。
湿っぽくなったのは最初だけで、あとは賑やかに近況報告と昔話をして、竜巻のように去って行った。相変わらずのDNAである。
二人が去って、雅男が少し居住まいを正すように母親を見た。
「今言うのもなんだけど、退院したら一緒に住もう」
「いいのよ、お父さんがいるし」
「お父さんだって若くはないよ。心配だから」