だが、誰の人生にも、「予測がつかない」という共通の条件がある。
「周子さん、今すぐ来てくれないか。お母さんが倒れた。もうすぐ救急車が来る。雅男にも連絡してほしい」
隣の町に住む義父からの電話が突然鳴った。夜の九時を過ぎている。要領を得ない。義母は数年前に胆石の手術をしたが、今は至って元気なはずだ。また同じ病気なのだろうか。とにかく行かないことにはわからない。
案の定夫は電話には出られないらしく、急いでメールをした。
《お義母さんが倒れて救急車を呼んでいるとのことです。詳しいことはわかりません。今から行くので、仕事終わらせてすぐに来てください。病院が決まったらまたメールします》しばらくすると返信が来た。
《すぐに帰ります。それまで頼みます》
子どもたちが心配そうに見ていることに、やっと気づいた。
「おばあちゃんの付き添いで病院に行くから留守番お願いね。遅くなるかもしれないけど大丈夫ね」
「おばあちゃん大丈夫?」
沙耶は泣きそうな目を向けた。幼い時分から、近くに住む祖父母に親しんで育った。特に二回目の反抗期に入ったここ二年ほどは、親に言いたいことが溜まると、不機嫌が爆発する前に祖母宅に泊まりに行く。
「まだわからないけど多分大丈夫よ。おばあちゃんのことだから」
「私たちのことは心配しないで」
「ありがとう。何かあったら、お隣にすぐ知らせるのよ」
隣の前田さんに事情を話すと、携帯電話と財布だけを持って飛び出し、アクセルを踏んだ。
既に救急車は到着しており、門の前で回転灯が赤い光を放っていた。住宅街に似つかわしくないその色を見た時、初めて現実なのだと体が硬くなった。義母は横たわって質問を受けていた。意識はあるが、体が動かないようだ。
夕食後、気分がすぐれず横になっていると、少しずつ体が動かなくなったという。直後、経験したことがないほどの、頭痛と吐き気が止まらなくなった。当初、義父も休んでいれば落着くだろうと高を括っていたのだが、時間が経つにつれ、これはただごとではないと恐ろしくなって、救急車を呼んだということらしい。
「保険証はありますか?」突然救急隊員に問いかけられ、義父の混乱に拍車がかかる。
「保険証は周子さんが……」救急隊員の目が一斉にこっちに向く。
(多分、この嫁らしき女のことだろう)と、曖昧な表情が周子に集中した。他には二階からずっと吠えているマルチーズしかいない。
「えっ? あの……私はちょっとわかりません」
同居もしていないのに突然保険証の在処を尋ねられ、若干うろたえたが、義父の混乱ぶりは、後で思うと切ないくらいだった。結局、保険証は義母がゆるゆると指さした先の、箪笥から出てきたのだが。