「あ、美咲、買い物に行くんだけど。どうする?」
「そんなことより、おかあさん、おとうさんはね……。それと雄太君ちはね……」美咲はおかあさんの視線を捕えて、離さない。
おかあさんも最後まで目をそらさずに聞いた。
そして、「分かった。美咲も、一緒に買い物に行こう」というおかあさんの声に美咲は大きくうなずいた。
その日の夕食の時、おとうさんがお風呂から上がり、食卓に座ると、向かいに座っているおかあさんが、「ご疲れ様、今月もありがとう」と頭を深々と下げた。
「どうしたんだ。気持ち悪いな」おとうさんは、決まり悪そうな微笑みを浮かべ、「風呂のお湯も入れてくれたし、乳白色の入浴剤も入っていたし」といった。
「匂いは気に入った?」美咲がすぐに訊いた。
「ああ、いい匂いだったよ。美咲が買ってくれたのか?」
「疲労回復と肩こりにも、効果があるんだって。後で肩ももんであげるからね」美咲が続けた。「口をブクブクすると、スッキリする洗口液も買ったから、使ってね」
「あ、ありがとう」おとうさんは背中を真っ直ぐに伸ばし、身体をおかあさんのほうに向けた。「給料は、先月よりも少ないんだぞ。明細書見たのか?」
「金額ではないのよね。感謝をすれば、満足できるのよね」おかあさんは美咲に目配せをして軽く笑った。そして、冷蔵庫から瓶ビールを取り出した。
「私がつぐ」美咲がビール瓶を傾けた。「おとうさん、いつもありがとう」
「どうしたんだ。おまえたち」滅多に笑わないおとうさんがうれしそうに笑った。
いつも怒っているような顔のおとうさん、こんなに優しい顔にもなるんだ。
おとうさんはビールを一気に飲んで、「うまい。俺が買ってきた、缶ビールも飲むかな。正確には発泡酒だけど」とまた笑った。
美咲はカレーライスを見た。いつもとは、明らかに色が違うし、野菜の形もはっきりと見える。辛そう、と思いつつ、用心してカレーのルーだけ口に入れた。
美咲の舌はその辛さに対応できなかった。「ヒィー、ヒィー」息を何度も口から吸い込み、急いで冷たい水を飲む。
「やっぱり辛い?」おかあさんが腹を抱えて笑った。
おとうさんは美咲の様子を見て、微笑むと急いでカレーライスをほおばった。「うん、これこれ。うまいよ。野菜もこれこれ」といって何度も何度もうなずいた。
おとうさんが好きなカレーはこれだったんだ。「こんな辛いもの食べられるなんて、おとうさん、さすがだね」
「美咲も今に分かるよ。もう一度、食べてみたら分かるかも」おとうさんはいたずらっぽい目をした。
美咲はじゃがいもをスプーンに載せて、大きく口を開けて一口で食べた。はやり、辛いものは辛い。しかもじゃがいもが熱い。「ヒィー、ヒィー」急いで、また冷たい水を飲む。
おとうさんもおかあさんも大笑い。