8月期優秀作品
『カレーライス』佐藤良香
山本美咲は小学六年生。
学校からの帰り道、通学路に面した垣根に、アサガオが咲いていた。
「ピンク、赤、紫、青……。ブルーか」美咲は急に浮かない顔になり、「今日はブルーな二十五日だった」とつぶやき、足を止めた。
毎月二十五日の夕食の時、美咲の食卓では同じ話が聞こえる。
先月、七月二十五日もそうだった。
「もう少し増えないの」おかあさんが給料の明細書を見て、口を尖らせる。
おかあさんの向かいに座っているおとうさんは、丸い背中を隣の美咲に向けて、給料日にだけ、自分で買って帰る缶ビールを、自分でグラスに注いでいる。何もいわない。
「これでは、美咲が行きたい私立中学へやるのは、むずかしいね」スーパーのレジ打ちのパートをしている、おかあさんは周りを見て、「ずっと、この小さな借家住まい。引っ越もしたいのに」と頭を左右に大きく振った。
「仕方ないだろ、不況なんだから」おとうさんも頭を振る。
「雄太君のうちはいいわね。お金のことを気にしないですむんだから」おかあさんがため息交じりにいう。
――雄太君というのは美咲の同級生。おかあさん同士が大の仲良し。そのせいでもないんだけれど、美咲も雄太君が気になっている。
「また、それか」おとうさんはグラスを一気に空けた。
「今日も雄太君のおかあさんが買い物に来たけど、カゴの中はうちでは買えない高級食材ばかり、美咲も食べてみたいよね」おかあさんは美咲に顔を向けた。
おとうさんがかわいそう、でもおいしいものなら食べたい。おとうさんが見ていないのを確認して、美咲は小さくうなずいた。
「会社のオーナー社長と町工場の勤め人の俺とを比べるなよ」おとうさんは、また、グラスを一気に空けて、「お金さえあればいいと思っているのか」と顔をしかめた。
「あるに越した事はないでしょ。もう少し増えればいいんだけれど」おかあさんはため息をつく。
「もう少し? 欲望にはきりがないんだよ」おとうさんもため息をつく。
「ため息合戦」で話は全て終わり、おかあさんが作った、おとうさんの大好物のカレーライスを、みんなが無言で食べ始める。
美咲は、カレーライスは辛いので苦手。だから月一回、給料日だけのカレーライス。野菜嫌いの美咲。玉ねぎと人参とじゃがいもは、みじん切り、形が見えない。味は美咲に合わせて甘口。美咲にとっては、それでも辛いのでハチミツを加えて、ゆっくりと食べる。