すらすらとした慰め言葉でない方が、真摯な励ましになるのではないかと健介は思っているから、美咲の遠慮がちな言葉が、優子さんの心に届かないわけがないだろうと……。
月曜日の朝。改札口を出た健介は、駆け寄ってきた梅ちゃんから、健介へのお礼と美咲あてのお礼の伝言を受け取った。
「姉は、取り戻せない時の流れに押しつぶされそうになっていたそうなんですけど、美咲さんのおかげで、なんとかなるような気持ちになれたみたいです」
「それは本当に良かった」
「人は棺桶に入るまで何が良かったかなんてわからないって、私にもずしんときました」
「美咲がそんなことを……」
「結婚をした人には自分の気持ちは分かってもらえないと思い込んでいた姉も、美咲さんみたいに中性的な人もいるんだねって言っていました」
「中性的……?」
その言葉に健介は思わずドキリとなった。
「あっ。性別の中性じゃなくって、家庭を持つ女性と持たない女性の、両方とも理解できるっていう意味での中性です」
慌てて付け加えられた梅ちゃんの弁明で、更に驚き一杯の健介に、
「美咲さんが帰られてから、姉と二人で作ったガトーショコラです」と手渡された紙袋。
「たくさんある派遣会社の中で、違うところを選んでいたら、姉とお菓子作りができるまでにはなれなかったと思うので、自分自身の選択に拍手です」
(それは、こっちの台詞さ)
あの日、課長の判断で「会ってから決めよう」となっていなければ、自分は自分の中性に気づかないまま、今朝も自分に嫌悪しながら出勤していたことだろう。
必然めいた偶然の力を感じながら、健介は紫がかった茶色のコートがよく似合っている梅ちゃんと、仕事場までの短い道のり、高さの違う肩を並べて歩いた。
その短い道のりの両脇が、ピンクと白のツツジで満開になった五月の始め。
北村家に、梅ちゃんからの結婚はがきが届いた。
古い社を背に、神妙な面持ちで寄り添っている新郎新婦の着物姿に、「こういう厳かな写真も、なかなかいいものだなぁ」と健介が言うと、美咲は自分のことのように、うん、うん、うんと頷いた。
「結婚しました」の印刷文字の下には「是非ご家族で遊びにいらしてください」と梅ちゃんの文字が書き足されていて、「いつか遊びに行きたいわねぇ」と独り言みたいな美咲の横で、今度は健介が、うん、うん、うんと頷いた。
そのいつかが、実現しない多さを知りつつ、それでも、いつかまた会いたいと言う。
また会えなくても、互いにまた会いたいと思う人がいることがこんなにも嬉しく、一時期の健介からは想像もつかない心持ちである。