だからといって劇的に何が変化するわけでもなく、今は小さくなっている虚無感が完全に消えることもないだろう。
このままではゆくすえ不安だと先の先に目をそらしても、時間は容赦なく進み、そらしたツケはきっと自分に返ってくる。
美咲のおかげで平穏が保たれていると傍観しているだけの自分は、権利の上に眠る者。
美咲らしさに感謝しながら、自分は美咲の何を知っているのか――。
銭湯ではしゃぎ疲れた子供たちは、ばたんキューで夢の世界に入り込み、健介は一人、缶ビールのプルトップを開いた。
さっき美咲から、「梅ちゃんのお姉さんが帰ってきてね、梅ちゃんの所で飲みあかしたいんだけど、朝帰りしてもいい?」との朗報あったのだ。
もちろん、健介の答えはいいに決まっている。
しんしんと静かに更けていく夜、子供たちの寝顔を覗いてみたり、ベランダで月を眺めてみたり――。
何年も前に止めた煙草を無性に吸いたくなったが、買いに行くほうが面倒でやめた。
翌日の朝、健介が朝食の用意をしていると、「ただいまぁ」と、いつもの美咲の低い声。
美咲の姿が見当たらず、すっかりしょげかえっていた祐一と修平は、ぱっと跳ね起き、玄関に向かって猛ダッシュ。
子供たちの興奮が収まったところで、梅ちゃんのお姉さんの事を尋ねると、広島に行っていたのだという。
「なんでまた広島に?」
「優子さん――梅ちゃんのお姉さんが7年間付き合っていた人の実家があるの」
「付き合っていたって、過去形?7年っていったら、結構な長さだよ」
「私たちの結婚期間と同じ長さで、優子さんは私と同じ、今年で34歳になるの」
「……どうして、結婚にまで至らなかったのかな?」
「その彼というのは、これといった定職には就いていなかったらしいのね」
「らしいのね……って、梅ちゃんのお姉さんは――」
「それでも良かったの。自分を大切に育ててくれた両親のことを思うと、こんな親不孝はないと分かっていて、それで良かったの」
「なのに、彼は実家に帰ってしまったということ?」
「ううん。それは分からない。彼は去年の6月、優子さんの誕生日を前に、連絡がとれなくなってしまったから……」
「それにしても、7年の代償がそれとは酷だなぁ」
「特に色んな意味で適齢期の女性にとってはね。でも考えようによっては、彼は優子さんの前からいなくなることで、優子さんを自由にしてあげたのかも……。情の深い優子さんが、不安定な関係を計算で断ち切ったりしないから、きっと彼の方から身を引いたのよ。
そうとしか思えなくって、それを伝えてはみたけれど、説得力があったかどうかは、優子さんのみ知る――ね」
(充分伝わったさ)と健介は思った。