「梅ちゃんは、お姉さんのどこに心細さを感じたの?」単刀直入に健介が尋ねると、
「それは、その……。結婚の報告に来た日の夜、姉の部屋で、二人して枕を並べて天井を見ていたら、お姉ちゃん、どうして自分は、こうなのかなぁ……って急に泣き出したんです。わざわざ報告にきてくれたのに、ごめんね……って言いながら、ぽろぽろぽろぽろ。
でも次の日には、すっかりいつものお姉ちゃんで、それが却って痛々しかったです」
「それで梅ちゃんは、お姉さんの涙の理由を……?」
「聞けていないです。――もし、このままお姉ちゃんが帰ってこなかったら……」
の「ら」と同時に、美咲が「ちゃんと帰ってくるわよ」とピシャリ。
「何年も一人で生計を立ててきた人がね、いとも簡単に自分の居場所を断ち切ってしまうはずがないじゃない。梅ちゃんのお姉さんは、きちんと休暇届けを出して仕事をお休みしているし、そうそう休んでもいられないから、明日の夜までに戻ってくるわよ」
美咲のどこに、そんな勢いが籠もっていたのか――。
それから、恐縮する梅ちゃんをよそに、美咲は梅ちゃんと一緒に梅ちゃんのお姉さんの帰りを待つこととなった。
そのまま、一人で帰宅の途についた健介は、「お母さんは?」「お母さんは?」と淋しがる息子たちをなだめるのに一苦労。
なんとか子供たちの意識を外に向けようと、子供たちにとっては初めての銭湯に行った帰り道。繋いだ手と手を振りながら、膨らみかけの月を見上げて歩けば――。
冬の夜空に冴え渡る月の光は、自分達だけを照らしてくれているようで、祐一と修平も、「お月さんが、僕たちにくっついてくる」「僕たちが止まると、お月さんも止まるよ」
と口をそろえた。
(月を眺めるなんて、どれくらい振りだろう?)
古今東西、月は万人の頭上に輝き、今宵もどれだけの人が同じ月を見上げているのか。
「こんなよい月を一人で見て寝る」と詠みあげたのは、「咳をしても一人」で知られる自由律句の俳人で、いつだったかの国語の授業で、ずしりと健介の心に響いた一句。
月を見上げることが滅多になくても、何かの弾みでこうして月を見上げる時は、いつもこの句を思い出し、思い出すたび良い句だな……と思う。しみじみと一人を実感しながら、どこかで独りを楽しんでいるようでもある。
自分は父親になったが、父親になった今もこの句の良さがわかる。――そう思ったら、
なんとなく心が軽くなった。独り身を慈しむ男と家庭を築く男。自分はどちらにも属する中性なのではないのかと――自分の中で合点がいった。