梅ちゃんからの電話に出たのは、朝一番に出勤していた健介であった。
風邪気味で、一日休みたいと、受話器の向こうから、消え入りそうな梅ちゃんの声。
「お大事に」で電話を終えなかったのは、梅ちゃんの声に切羽詰った弱々しさを感じ取ったからである。
「何かあった?」
「昨日から……姉と連絡がとれないんです」
――受話器を通して、熱のこもった沈黙が流れた。
咄嗟に自分の番号を伝えておいた健介の携帯に、翌日土曜の朝、登録していない番号からの着信があり、耳にあてれば、梅ちゃんの声と繋がった。
お姉さんの安否を尋ねると、まだ帰っておらず、スマホも繋がらないままだと言う。
「心配だろうけど、ちゃんと食べてる?」
「お腹がすかなくて……」
「少しは外の空気を吸った方がいいよ」
「……」
かける言葉も返ってくる言葉も途切れてしまったとき、健介は梅ちゃんの所に向かおうと決めた。梅ちゃんの最寄り駅なら、健介がいつも降りる駅を二つ乗り越せばいい。
ふっと浮かんだ直感で、美咲に同行を頼むと、美咲はコクリと頷いて、子供たちを近所に住む健介の両親に預け、即行、出かける準備をしてくれた。
二人は何年かぶりに二人きりで電車に乗り込み、正午前には梅ちゃんが住む町の駅に到着。近くの雑居ビルに隣接した喫茶店に入り、そこから梅ちゃんに電話すると――。
当惑気味だった梅ちゃんが、数分後には、息を切らして店内に駆け込んできた。
「折角の休日に、ご心配をおかけしてしまって申し訳ありません」
「いや。こちらこそ、押しかけてきてすまなかったね」
健介が言葉を返すと、梅ちゃんは首を横に振りながら、
「誰とも喋らずに閉じこもっているなんて初めてで淋しかったです」と本音をポロリ。
それから、軽い挨拶を済ませた美咲と梅ちゃんは、お互い通じるものがあったらしく、「まずは何かお腹に入れなくてはね」の美咲の一声により、三人がここにいる意味合いが、なんとはなしに和らいだ。
その空気は、お姉さんの話題に触れないことで、食事の間ずっと保たれたが――。
空いた皿が下げられ、テーブルの上には、三つのコーヒーカップと水の入ったコップが並ぶだけ……となったあたりから、そろそろ気まずくなりかけてきた。