梅ちゃん的には、隠し事をしているみたいで心苦しかったのであろう。胸のつかえが取れたみたいな顔になって良かった。
「それより、梅垣さんの地元って?」
「三重の鳥羽です」
「それはまた……」
(どうしてここに?)が聞けない健介に心を許してくれたのか、
「私、来年の五月に結婚する予定なんです」
と立て続けの仰天告白。
(それなら尚更どうしてここに?)
当惑気味の健介をよそに、梅ちゃんは黙り込み、鯖の身をほぐしていた箸の動きもゆっくりと止まった。
「結婚が決まった時、私、東京で一人暮らしをしている姉に直接報告したくて、一泊の予定でこっちに出てきました」
それが6ヶ月の滞在に至った経緯を梅ちゃんは、
「その日の夜、先に眠りについた姉の寝息が物悲しかった」の一言にまとめた。
それだけで伝わってくる事情の重さ――。
「それで、結婚前に一度、生まれ育った場所と違う所で暮らしてみたい」
という微かな願望を理由にして、期間限定で東京に出てきたとのことだった。
「家族は反対しなかった?」
「されるはずでしたから、先に家具家電付きのマンスリーアパートを契約して、事後承諾に持ち込みました」
「婚約者は?」
「姉のことを話して、月に一度は帰る約束で理解してもらえました」
そんな成行きがあったのか――と思いながら、健介は窓から下に広がる景色を眺めた。
当たり前の毎日も裏を返せば、色んな思惑が複雑に交差して成り立っている。
――なのに自分は、妻の寝息も知らないでいる。
その日、家の夕食の食卓にも鯖の味噌煮が並んでいた。
「うちも今夜は、鯖の味噌煮かぁ……」
「お昼のメニューと重なりました?」
「いや、僕じゃなくて、僕の向かいに座った人が、きれいに食べていたのさ」
「子供たちは、まだちょっと青み魚が苦手だから」
「鮭を食べたよ!」