『どくサイト』夢遊貞丈(『どくめし』)
ツイート 最近、姑との仲が悪い。私がいくら掃除をしたところで、必ず粗を探して文句をつけ、味付け栄養を考えて毎日支度をしている食事でさえも、その度、何か一つは愚痴をこぼす。 掃除、食事だけではない。洗濯、買い物、育児、 […]
『心のこもった余興ムービー』村崎涼介(『桃太郎』)
ツイート 【1】 余興ムービー BGMは、モーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」第1楽章。明るく華やかなクラシックが聞こえる中、続々と新郎・百田(ももた)聖人(きよと)の関係者が動画に登場する。 ―― […]
『美希と紗希』山本康仁(『浦島太郎』)
ツイート 「立花はどこ行った」 先生は教室を見渡すが、答える人は誰もいない。白い夏服が埋め尽くす中に、美希の席だけがぽっかり空いている。 「体調でも崩したのか」 そうつぶやき「今日は抜き打ちテストな」と続ける先生は、 […]
『地球話打出騒動(てらがたりうちでのそうどう)』石原計成(『御伽草子』より『一寸法師』)
ツイート 西暦二〇XX年、京都のはずれで、日本の暦では室町時代初期にあたる地層から、巨大な豪邸の遺跡が発見された。信頼できる文献にまったく記述のないこの屋敷跡について、当初幕府の要人の私邸説や足利義満の知られざる別荘説 […]
『よひらの夢』葉野亜依(『紫陽花に纏わる言い伝え』)
ツイート ファインダーを覗き込むと、世界は青紫色で満たされた。 照りつける太陽の下、額に滲む汗を気にすることなく、一心にシャッターを切る。かしゃり、と無機質な音が辺りに響き渡った。 「そう言えば、こんな早くにばあちゃ […]
『美しい人』澤ノブワレ(『雪女』)
ツイート ――本当に、美しい人でした。腰まで届きそうな黒髪は流線形の光輪をまとい、それに覆われた白く、表情の無い顔が、僕の心臓を氷柱のごとく貫き、釘付けにしたのであります。滑らかに、控えめな曲線を描く彼女の体は暗闇にそっ […]
『あの子は月にかえらない』池上幸希(『竹取物語』)
ツイート 榊 日夜子の月 五年生の夏休みが始まってすぐ、降りしきる雨とけたたましい雷で、あたしは夜中に目を覚ました。その日はたまたま千石おじさんが家に来て、三人でごはんを食べてそのまま泊まっていた。おじさんがいる時は、 […]
『つんデレラ』笹本佳史(『シンデレラ』)
ツイート なんていうのかしら、この硬い床、石の床のやつ、大理石?っていうのこれ?もう掃除なんてしなくてもピカピカしてる、なんで、なんで綺麗なの! 靴脱がないじゃん我々。土足文化でしょ、この世界は。だったら床は汚れてるモノ […]
『透鳥』生沼資康(『ナイチンゲール』)
ツイート 祖父が住んでいたこの家には、敷地の前方を取り囲む鬱蒼とした庭があった。祖父の代に家が作られた当時、ただの草地であった屋敷の周りを、馴らし、木を植え、広大な庭を作った。過去の写真を眺めれば、それなりに統一感のあ […]
『イン・ワンダーランド』花島裕(『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』)
ツイート 穴に落ちたのはあのときだった。 「藤堂ありすです」 とみんなの前で自己紹介したあの日。親の都合で中二の二学期から転校した私は、新しいクラスにとってゼロの存在だった。 むしろ名前負けの平々凡々な容姿からす […]
『山月記トロピカルVer.』横山信之介(『山月記』中島敦)
ツイート ある晩の事。 社会人一年目のマサキは仕事を終え、東京の郊外にある自宅アパートに帰る途中であった。駅から十分ほど歩くと竹林がある小道に入る。その先が自宅なのだが、マサキは奇妙なことに気が付いた。 風も無いのに […]
『つまらないものですが』泉谷幸子(『わらしべ長者』)
ツイート 真夏の昼間なのに、公園には意外にも何人かの人がいた。かっと熱を帯びた太陽の光がまっすぐに降り注いでいる。こんなところに好き好んでいるこの人たちは、よほどの変わり者ではないかと加奈は思った。それとももしかしたら […]
『私の桃源郷』秋山こまき(『アラジンと魔法のランプ』)
ツイート 皆、こんな時だけ無理して笑顔をつくる。 「ねえ、パパ、またバッグほしいの」 「おやじ、新しい車がほしいんだよな」 「あなた、毛皮のコートもほしいんだけど」 こんな願いなど叶えてやるのはたやすいが、普段、私は […]
『飛ばない人生』白土夏海(『飛頭蛮』)
ツイート 頭が飛ぶ、野蛮な人類。 そういうストレートな軽蔑を込めて呼ばれる種族が、私たち「飛頭蛮」だ。 実に不愉快な呼び名ではあるけれど、名は体を表すとはよく言ったもので、これ以上に私たちを正しく形容する言葉などな […]
『ビルの木』早乙女純章(『注文の多い料理店』)
ツイート 『ビルの木』がたくさん立っている森は、『トカイの森』と呼ばれています。 『ビルの木』は一様に四角く、背は異なれど、どれも空を押し上げるほどの高さです。全身灰色で、さわると岩石みたいにかたく、ざらざらとしています […]
『図書館員、人類を救う』平井玉(『天の羽衣』)
ツイート 就職戦線において、超氷河期は終わったと人は言う。世間では、労働力不足で牛丼屋が深夜営業をやめたと騒いでいる。別の世界の話なのか、さほど悪くない大学に行き、法事で久々に会う親戚のおばちゃんには「あら、いい青年に […]
『ある医師の心得』田中りさこ(『こぶとりじいさん』)
ツイート 「まるで鬼になった気分だよ」 「え? 鬼、ですか?」 手術用のマスクを外した医師の言葉に、看護師が聞き返した。 「“こぶとりじいさん”、知らない?」 看護師が考え込むと、医師は苦笑いした。 「今の若い人は知 […]
『桜桃の色の朝陽』柿沼雅美(『桜桃』太宰治)
ツイート あとで食べようと思って洗って置いたばかりの桜桃が、ぼとぼとっ、と音を立てたのを聞いて、私はキッチンからテーブルを覗いた。椅子におとなしく座ってこっくりこっくり眠りそうだったえれながテーブルの上にぶんぶんと腕を […]
『Kのはなし』山田蛙聖(『三年寝太郎』)
ツイート 0 幸太郎は中一の初夏、死んだ。 それから三年後、眠りは覚め、復活した。それは悪魔との契約によるものだった。 1四つ辻 夜の四つ辻で幸太郎は悪魔に出会った。そいつは少なくとも悪魔だと名乗った。 「こんな夜 […]
『走れ孫よ』及川明彦(『走れメロス』太宰治)
ツイート 思えば昔から、頑固で偏屈なじいさんだった。 昔ながらの亭主関白でお婆さんを困らせてばかりいたし、入院した時も病院の飯は不味いだの、家に帰るだの言って看護師さん達に向かってしょちゅう怒鳴っていた。よくあんなじ […]
『鼻の居所』あおきゆか(『鼻』ニコライ・ゴーゴリ)
ツイート 一 肖像画を描くにあたって最も注意すべき部位は鼻であると、私は常々思っている。 だが絵描きを職業としながら、私にはこの鼻というやつを描くのが嫌でならない。鼻は口のように物は言わないし、目のように睨みつけもし […]
『蛤茶寮』水里南平(『蛤女房』)
ツイート 海- しがない定食屋を営んでいる私は、店が休みの日には唯一の趣味である釣りをする。今日も朝から、人気のない防波堤の上を歩いていた。すると- (蛤?) コンクリートの上に蛤が、しかも、私の両手のひらよりも大 […]
『長靴に入った猫』卯月イツカ(『長靴をはいた猫』)
ツイート 「父が危篤である」と、なんの心構えもないまま他人から連絡をもらい、病院に駆け付けたと思ったら、その日にあっけなくいってしまった。あまりのことに泣くことも出来なかった。 数年前に母が亡くなってから、僕はほとんど […]
『罪深い娘と罪のない息子』山北貴子(『竹取物語』)
ツイート ある所に竹取の翁という者がいた。 その日も翁はいつものように山へ入り竹を取っていた。 すると、一際太く青々とした竹が目に入った。 翁がその竹に近づくと、竹の根元に玉のように美しい赤子が肌着一枚で寝かされていた […]
『傘売りの霊女』香城雅哉(『マッチ売りの少女』)
ツイート あの日、空は私をあざ笑っていた。雨傘を並べれば晴天になり、日傘を並べれば雨天になり、雨傘と日傘の両方を並べれば曇天になった。空は生きていた。 まもなく私は息絶えたらしい。 行き交う人々は私に一瞥もくれない。 […]
『もみの木』小高さりな(『もみの木』)
ツイート 剛は帰宅ラッシュの満員電車から、駅のホームに押し出された。 ノー残業デーが水曜日、という企業が多いのだろうか、朝の通勤時よりも混雑が増している様だった。 人ごみに流されるまま、剛が改札を一歩出ると、日の落 […]
『白雪姫は何人?』こさかゆうき(『白雪姫』)
ツイート 校舎を出ると、濃厚な潮の匂いが鼻先をかすめた。いつもならまったく気にならないのだが、今日にかぎっては、その水分をたっぷり含んだ島特有の風が鬱陶しく感じられた。車を止めてある敷地内の駐車場を通り過ぎ、私は通りに […]
『Still Before the Dawn いまだ、夜明け前』角田陽一郎(『夜明け前』島崎藤村)
ツイート 田中洋平がテレビ局に就職したのは1994年の4月だった。 大学では文学部で西洋史を専攻し、専門はフランス革命で本当は大学院に進んで研究したかったものの、君のような成績じゃ受かんないよと指導教官に言われ、当時は4 […]
『天女雲』小林睦美(『天女の羽衣』)
ツイート 「ねえ。天女って知ってる?」 いつもの学校の帰り道。いつものように自転車を引きながら川沿いを歩き、いつもの河川敷に座り、いつもと変わらない声で結衣は言った。 「私のお母さんってね、天女なんだって。」 あま […]
『BUNBUKU-CHAGAMA』星見柳太(『ぶんぶく茶釜』)
ツイート 満月光る宵の闇、昭和の香りをそのまま残した崩落寸前の木造アパートの一室に、一人の男と一匹の狸が相対して座っている。 男の名は、鈴屋幸平。就職浪人一年生。 狸の名は、茶釜福右衛門。かの有名な、分福茶釜の末裔 […]