小説

『暇』佐藤(『桃太郎』)

 2時間待っている。
 ラオスのメコン川に浮かぶシーパンドン島にいる。3年前に電気が通ったらしい。特に見所はない。法律もない。欧米のバックパッカーが朝から葉っぱを吸っている。
 フライドライスを注文したのは2時間前。
「まだ?」
「今、作っているから待ってくれ」
 作っている様子はない。
 西日が差すメコン川を飲みかけのビール瓶から眺める。ガラスのなかで屈折する光には不思議な力がある。別な時間を覗き込んだような気分がする。
 ラオス人は気まぐれでマイペースで怠け者だ。太陽も月とすぐ交代したがる。
 それにしても、毎日のビール代が1番の出費だなあなんて考える。
 フライドライスがきた。チリソースで甘辛い。ここでの生活も悪くないと感じる。
 桃太郎は待っている間に蚊に数カ所刺されていた。

 
 かれこれ1時間はアリの巣の前にいる。
 ヨルダンのワディラムでキャンプをしている。映画「アラビアのロレンス」の舞台となった砂漠だ。
 電気がないから木を燃やす。水もないからシャワーも入れない。原住民のベトウィンと僕しかいない。
 「ん」と僕がアリの巣に指をさす。ベトウィンが深く頷きそれを見る。
 見渡す限り砂漠が続いている。動く気力すらわかない。目を閉じる。肌に触れる風の音がする。耳のなかでシュシュと血液の流れる音もする。静寂にも音があるんだなあ、なんて思う。生きている限り音のない世界なんてありえない、と悟りにも似た気づきも得る。
 目を開ける。相変わらずヨルダンのアリは大きい。よく働いている。西日を受けたベトウィンの表情はわからない。見渡す限り砂漠。歩く気力すらわかない。
 犬はもう少しアリの巣を眺めることにする。

 
「八つ橋を作りすぎたので、家にきませんか?」
 吉祥寺を歩いていたら初老の男に誘われた。

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